Ep.1-03 カルチェ=ルクシア
「この世界の名前は、カルチェ=ルクシア。神代の言葉で“大きなゆりかご”という意味よ」
フェリの講義は、世界の名を説明するところから始まった。月明かりに照らされ仄蒼く光る雪に枝で円を描くと、その中に3つの円を描き込む。どれも同じ大きさで、最初の円の中心から同じ距離離れていた。
「私たちが今いるのは、ここ。北側にある、ラヴェンナ大陸北部のルキア王国。ラヴェンナ大陸には大小様々な国があって、ルキアは小さくて……まあ新しい国よ」
「師匠、ルキア王国の成立は大体300年前です。私たち人間族からしたら結構昔です」
「……そうだったわね。ありがとうアリア」
ヘルはフェリの言葉の1つ1つに頷きながら、真剣に話を聞いていた。一部フェリの誤認にアリアが訂正を入れつつ、創世記や神話に話が飛びながらも講義は続いた。アリアの訂正が入ったのは時代関係だけであったが、“この間”や“最近”が年単位で昔のことなのはフェリの話の中ではよくあることだった。フェリの、というよりは妖精族の特徴である。
フェリの種族である妖精族は、ほぼ全員が尖った耳に金の髪と碧の瞳を持っているのが特徴だ。総じて寿命が長く100年単位で生き、森にこもっていて植物を操る魔法に長けている。フェリの瞳は薄氷色だしここは森ではないが、何事にも例外はあるものだ。
「フェリさんは老化の遅い妖精族で、俺とアリアさんは1年で1つ年を取る人間族。あと1つはなんですか?」
「獣人族よ。私たち妖精族の耳が尖ってるように、彼らは獣の耳と尾を持っているわ。人間族の中には毛嫌いする人や国もあるけど、身体能力に長けた優秀な戦士が多いわね」
厳密に言えば猫の特徴を持つ獣人と犬の特徴を持つ獣人では違う氏族になっていたり何だりと色々あるのが、そこまで話すとヘルが混乱するだろうと思い実際に町で獣人族に会うまでは黙っておこうとフェリは判断した。ラヴェンナ大陸での貨幣や魔物についてはアリアが説明し、時々ヘルが挟む質問に答えていく。
「……あれ、そういえば」
夜もそれなりに更け月が高くなってきた頃、質疑応答がひと段落したヘルは首を傾げた。フェリによれば、ここセツナ雪原は飢えた狼が出る場所。そんな危険な場所になぜ、妖精族とはいえ若い見た目のフェリと実際に若いアリアがたった二人で野営しているのだろうか?
「お二人って、どうしてこんな場所で野営してるんですか? ……もしかして、俺のせい?」
「違いますよお」
ぱちり、と焚火がはぜた音が、やけに大きく聞こえた。立ち上がったアリアはうーんと伸びをして、「ここにはお仕事で来たんです」と続ける。同じく立ち上がったフェリが小さく何事かを呟くと、キィンと冷たい音がして蒼い光が焚火の周りに円を描いた。
「私たちは、冒険者」
暗闇から聞こえるいくつもの遠吠えは、存在を誇示し我らを恐れよと主張していた。
「ここの狼を退治するのが、今回のアリア達の仕事なの」
毎日投稿はできなくなりそうですが、せめて週1投稿したいです