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続かない一話目

妙に筆が乗るも二話以降はどうしていいかわからないそんなお話

 「ならば致し方あるまい。世界を壊すためにあらゆる手段を行使しようぞ」


 魔王と呼ばれる人物は厳かにそう宣言すると目を閉じて考えを再開した。

 別に征服とか人の世が憎いとかそういう類の物騒な考えではない。仮説の上に成り立つ仮説――砂上の楼閣のような脆い考えである。

 魔王は世界の真実を知っていた。確証こそ持てないのだが、すなわち、世界とは作り物ではないかと。

 まず何がおかしいのかを列挙すると、生まれつき魔王だったことだ。生まれつき魔王とはつまり後継者としての魔王だったのではなくて、魔王として生まれたような違和感があるのだ。ふと気が付くと玉座に座っていたし、四人の優秀な家来がいた。どのような経緯で配下にしたのかの記憶がない。家来曰く壮大なストーリーがあるらしいが詳細を記した書物が一冊もない。

 更におかしいのが世界の狭さである。世界はいくつかの国だけしかない。魔王城だけは立派だがほかの国の城がやっつけであるのもおかしい。

 おかしいことだらけだった。ふと気が付くと世界を掌に置くため軍隊を派遣して各国を蹂躙したことになっている。記憶がないのだ。記憶喪失を疑ったが家来曰く素晴らしい指揮だったそうだ。正直に告白すると世界征服などどうでもいい。自分が誰で、この世界は何で、どのような経緯があったのか、神なり悪魔なりに教えて貰いたかった。

 だがふと気が付くと魔王であり、とある優秀な戦士を殺し、その息子に逆襲されて死んでしまう。数えただけで四回ほど繰り返したので間違いはない。どれだけ装備を整えても勇者側の方が強いので負けてしまう。勝ち目がないのだ。

 魔王は玉座に腰かけ酒を呷りながらぼんやりとしていた。傍らには使用人が控えている。

 魔王の装いは肩胸腰足の重要部位のみを隠す鎧である。重要部位以外が露出しており恥ずかしいことこの上ないのだがほかに鎧がないのだという。

 魔王は、女性だった。褐色の肌。皮膚に浮いた複雑怪奇な模様。腰まで届く高貴な紫色の艶のある髪の毛と、男性ならば一目で心を奪われるであろう悍ましいほどの魅力を湛えた顔立ち、そして起伏のある体つき。瞳は血のように赤く、ナイフのように鋭い。玉座備え付けの武器置き場には禍々しい剣がかかっていた。

 圧倒的美貌とカリスマ性が肉体から放たれてはいるものの、表情は暗く、目が虚ろであった。退屈なのだ。魔王とは忙しいものではなくて、ひたすら玉座に座るだけしかない。命令を下すこともあるが基本的に暇である。おまけに世界が作り物で、何度も同じことを繰り返してきたとあれば、いい加減死にたくなってくる。けれど首を吊ろうがふと気が付くと最初からになっているので、もはや酒を飲むしかない。

 ワインを一気に飲み干してしまうと、手の甲で唇を拭い、頬杖を付いてぼんやりと過ごす。


 「おい、酒を持ってくるのだ。余は退屈なのだぞ」

 「はっ。仰せのままに」


 すぐに次の酒を注いだカップが運ばれてくる。畏まって跪く家来をぼんやりと見つめて、ゆっくりと口をつける。

 召使は皆素直でいい子ばかりだ。何故か同年代以下しかいないのが疑問であるが。ドジを踏むこともあるが、怒りたくないので、じっと見つめるだけにする。

 要するに魔王は礼儀を知ったごく普通の女の子であり魔王という地位にいるだけだった。


 「世界を変えるにはどうすればよいのだ……余の思うままに……」


 ぶつぶつと独り言を呟きつつ酒を呷る。口にした言葉はそのままの意味であるが、事情を知らぬ家来にはこれから世界を手中におさめ完全に管理するにはどのようにすればよいのだろうか云々という計画に聞こえたらしく目を輝かせて見つめてくるものだからやるせない。

 ――私は魔王じゃないしこの大仰な鎧を脱ぎ捨てて水浴びに出かけた帰りに酒でもひっかけて酔っぱらいたい!

 ――あと普通に喋りたい! へんな口調をやめたい!

 ちなみにこの喋り方は本人の意図するものではなくて自動でそうなるのであった。年相応の村娘のような喋り方が地のはずなのだが魔王という肩書きのせいで変換されてしまう。

 思うままに公言して今すぐ玉座を蹴りたいのだがそうは問屋が卸さない。

 世界を壊すにはどうすればいいのだろうか。


 「ふむ……勇者か」


 魔王は酒を呷りつつ書物に目を通していた。勇者が現れる村は知っている。いつごろ現れてどのような男でどれくらい強いのかも熟知している。名も無き背の高い好青年である。恐ろしく強くまっすぐなしかし魔王を憎む青年でありどうあがいても彼に殺されてしまい次の世界に飛ぶのである。彼が生まれなければいいと根絶やしにしようとしたこともあるが、なぜか必ず生き延びて殺しにやってくる。稀に母親がお腹に宿している設定の世界もあるのだが失敗に終わる。母親を殺せないのだ。どうやっても。

 ありとあらゆる手段を試行して駄目だった。

 別の手段を考えなければ頭がどうかしそうだったのである。

 記憶の勇者の顔を思い浮かべてみる。いかにも勇者然とした顔立ち整った青年。口調から格好の至るすべてが勇者であった。どこで勇者という概念を知ったのかは定かではない。生まれつき知っていたのである。魔王とはかくあるべきという知識と共に。頭の中に記憶のみをブチ込まれたようだった。酷く不愉快であったが憎むべき対象さえ見ること叶わぬ。もし世界の造物主とやらがいるならば殺してやりたい気分であったが、果たして可能かさえわからぬ。

 魔王は激怒していた。静かに、鋭利に研ぎ澄まされた氷柱が真下を通過する哀れな獲物を串刺しにする瀬戸際のように。

 魔王は考えを更に進めるべく玉座を後にすると家来を払い個室に閉じこもった。

 禍々しい道具と豪華なベッドで飾り立てられた部屋である。片づけて綺麗にして朝起きるといつのまにか元通りになっているので放置している。


 「もっとこう普通の部屋に住みたいのだがなぁ!」


 誰に言うでもなく足元の骸骨を踏みつぶすとベッドに転がる。枕に顔を埋め暫し時間を取ると、ベッド横の小机から酒瓶を取り一気に呷って、飲み干してしまう。美味だったが、どこか味気なく感じられる。

 枕から顔を上げた魔王は、兜をむしり取ってベッド横に捨てると、おもむろに棚に近寄っていき染料の詰め込まれた瓶に筆を突っ込むと床に散らばる本やら何やらを足で蹴ってどけ、円陣を描いていく。やや歪んだ楕円形の円に六芒星ヘキサグラムを描き、召喚のための文句をこれでもかと書き込んでいく。


 「これでよし!」


 最後に魔王は己の指を噛み切って赤い血を玉状に浮き上がらせると、召喚文句の重要な文字列をじっくりと濡らした。準備完了。お香を四隅において火をつけると、棚から強い酒を出し、一口飲んでおく。酒に意味はない。景気付けである。

 円陣の外に立つと両手を合わせ召喚の呪文を唱え始める。ちなみに即興である。術が完成するとも思ってはいないし、これで世界を変えられるとも思っていない。しかし魔王だからそれっぽいことをやればなんとかできるという曖昧な自信だけがあった。

 事実、念じただけで魔術が使えるのだ。呪文を唱えれば超常現象が起こるに違いない。


 「一の壁を越え 二の壁を割り 三の壁も挫き 出でよ勇敢なるもの!」


 魔法陣がぼんやりと光を放つ。風がどこからともなく生まれ渦巻いて内装を荒らす。

 召喚する文句は勇敢なるもの――つまり勇者を呼ぶことである。魔王の推測としては、この世界は予期せぬことをされると対応できない傾向にある。対応できないことを重ねていけばやがて崩壊する。コップの水面張力が崩壊する水量を注いでやるのだ。

 魔王が勇者を召喚する。前代未聞の試みを行うことで世界を壊すのだ。

 更に呪文を唱えるべく脳を使う。即興なのだ、それっぽいことを言わなくてはならない。えーっと、と口から言葉がこぼれそうになるのを堪え、なんとか続ける。


 「我が使命にこたえここに召喚に応じよ! 我が力は汝の為に 汝は我の為に 我らは世の為に!」


 部屋の扉が開きかけた。それを片手を掲げて凍結魔術を放ち封じてしまう。家来が乱入して止めようとしたのだろう。そうはさせない。

 

 「余の邪魔はさせぬ! 抗ってやるのだ! 何物にも、何者にも、止めることなど―――うわっぷ!?」


 啖呵を切った。途端に魔法陣が大爆発を起こし内装をゴミ屋敷へと変貌させた。ベッドはひっくり返り、衝撃のあまり棚が崩落して扉を埋めてしまう。天井にかかっていたシャンデリアが窓側に飛んで悲惨な亡骸を晒す。

 魔王も衝撃波に押され思わず後ろにひっくり返ってしまった。股を大きく広げた体勢で目を回す。

 魔法陣は爆発の影響で粉々に――なることはなく、別の世界への門を繋げていた。

 円に輝きが宿ると複数に分裂して周回する。床が激しく燃えて円の淵に沿って空間を捻じ曲げると別の空間と接続して異なる人物を呼び込み拘束する。別の世界の法則でさえ狂わせるそれは魔王の血液に秘める魔力がそうさせたのだろうか。

 人の形をした光が魔法陣の中央に出現する。それは指人形ほどの大きさから人の大きさへと増大すると徐々に輪郭を現していく。魔法陣の光が一つ二つと消えていき代わりに人の形の存在感が増していった。

 そして、ある一点を超えた刹那、人の形は実在する人間として物質化した。

 黒髪に茶色い目をした青年が一人現れた。彼は魔王が戦ってきた勇者とは明らかに異なる容姿をしており服装も見たことのないものであった。彼は焼け焦げた魔法陣の上にぼとっと無様に転ぶと、きょろきょろと周囲を見回し、魔王の姿を認めた。


 「王よ! 何事です! ここを開けてください!」

 「ならぬ!」


 瓦礫の被さったはずの扉が、強く叩かれる。青い魔力の発動が扉と瓦礫を今にも吹き飛ばしそうになっていた。


 「くっ! このままでは……!」


 魔王は苦悩に顔を歪め焦りを口にした。

 もはや猶予はない。

 青年の元に辿り付くべくばたばたと体を起こすと、転がるように跪き、肩に手を置いた。

 青年は、突然見知らぬ世界に連れてこられただけではなく、荒れた部屋の真ん中に居り、しかも禍々しい鎧を着込んだ美女がすぐそばにやってきたことに目を回しており、口を半開きにして呆然としていた。


 「は、ちょ、お姉さん何者? 何? これなんだ!?」

 「聞け勇者!」

 「勇者ぁ!?」

 「そうだ、おまえは勇者なのだ! 名前や出身はどうでもよい! 勇者だわかったな!」

 「なんだかわからん!」

 「わかれ! 頷け、早う!」

 「そう……なのか?」


 悲鳴のような混乱を声に出す青年を勇者と呼んでおくと、肩を強く掴んで正面を向かせる。魔王はまごうことなき美形である。青年の文化圏では不細工ならば効力はなかっただろうが、幸い通用したようで、顔を赤らめる。美女に接近されて嫌がる男がいるだろうか? いや、いない。

 勇者と呼ばれた青年は状況がさっぱりわからないらしく疑問符を浮かべていたが、魔王が詰め寄って半ば脅迫染みた説得をすると、首を傾げながら頷いた。

 扉と瓦礫の防壁がミシミシとなっている。

 魔王の仮説は世界を変えるには致命的ともいえる矛盾や突拍子もない行動をすることだ。

 ならば、こうすればいい。

 魔王は顔を赤らめる純朴そうな青年の唇に己の唇を押し付けた。


 「むぐ……!?」


 目を白黒させる青年を押し倒す。紫色の髪の毛が花弁のように広がり青年の顔を覆う。舌で唇を退け、舌と舌をからめていく。じゅくじゅくと唾液の中で舌を躍らせ口内を犯し、愉しむ。

 

 「ん、ん、ん、ぅぅぅ」


 青年のくぐもった吐息を熱病にかからせる深い口づけ。抵抗していた青年も、キスという甘美な行為に酔いしれたか、舌を動かし、魔王の髪の毛を撫でた。

 魔王と勇者が口づけを交わす。それはこの世界の矛盾だ。あってはならない歪みだ。倒すべき敵を愛するという構図はこの世界の設計を大きく狂わせる事象だ。

 途端に床や壁がバターをガラス板に塗り付けたように霞み、歪んで、物体の輪郭線がぼけて滲んでいく。扉と瓦礫を魔術でどけようと奮闘する家来たちの声も遠ざかる。ドップラー効果を伴いすべての音が失せて、風景も加速度的に狂い一緒くたに融合して形態を保てなくなっていった。

 勇者という役目を与えられてしまった青年と、魔王になってしまった一人の女性だけが残され、やがて二人も暗闇に紛れていった。



 


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