虐げられた伯爵令嬢が、魔神具《全智の目》で運命を読み、婚約破棄も陰謀も全部ひっくり返します
「うわっ!」
背中を強く押されて、私は階段を転げ落ちた。
視界がぐるぐると回り、最後に石畳が目の前に迫ってきた――その先は、真っ暗になった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
闇の中を漂っていると、ふいに柔らかな光が差し込んだ。
「ようやく会えたわね、ベルフラワーさん」
そこに立っていたのは、信じられないほど美しい女性だった。
惚れ惚れするような魔力のオーラを纏っており、女神だと言われてもすんなり信じられる、そんな人。
「あなたは?」
「創造神のみ使い・・・・、みたいなもの、かしら」
女性はくすりと笑い、地味な色の指輪を差し出した。
「これは《全智の目》という魔神具。なんでも見通す、少しずるい魔道具なの。あなたはこれから、理不尽な目にたくさん遭うわ。だから、お守りを渡したくて」
「なんでも見通す?」
「ええ。『必要なタイミング』で、指輪を通して“最善のイメージ”が頭に流れ込んでくるの。上手く使えるかどうかは、あなた次第だけど」
そう言って、彼女は私の右手の薬指に指輪をはめてくれた。
「ああ、これは『貸す』だけよ。使い終わったら返してね」
「――でも、そのときにはきっと、“報われている”はずよ」
そこで意識が、ふっと途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
目が覚めると、体中が痛かった。
「いたっ」
ベッドの上。
天井は見慣れた自室のものだった。
呼び鈴を鳴らすと、メイドが慌てて飛び込んできた。
「お嬢様!三日ぶりにお目覚めです!」
「三日も?」
あとで聞いた話では、階段から落ちて気を失った私を、たまたま通りかかった使用人が見つけてくれたらしい。
その間、家族は誰も見舞いに来なかった。
・・・・まあ、予想通りだけど。
私はゴールド王国・マルベール伯爵家の長女、ベルフラワー・マルベール。
一応、貴族として生まれたんだけどね。
家族と思われてない。
私は、暗い将来に思いを馳せると、
――あなたはいずれプラチナ公爵へと叙爵され、ベルフラワー・プラチアーナと名乗るようになるわ。
・・・・
なにこれ?
なんか頭に響いてくる。
えっ、あれ、夢じゃないの?
じゃあ、本当に、『何でも見通す』ってこと?
私が公爵へ叙爵って言わなかった?
さすがに嘘でしょう。
公爵ってなんの冗談よ。
まあ、いいわ。
話を元に戻すわね。
本来なら私は跡取り娘として、後継者教育を受けているはずの立場だった。
ところが母が早くに亡くなり、父が後妻とその連れ子――義妹――を連れてきてから、すべてが変わった。
父も使用人も、婚約者さえも、後妻と義妹の言いなりになってしまった。
あのとき背中を押したのも、きっと義妹だろう。
痛みを少しでも和らげようと、
「回復魔法、かけてみようかしら」
私は土属性魔法が得意で、土属性を使いこなしていくと簡単な回復魔法を操れるようになる。
初めて操る回復魔法に慣れない魔力操作で、自分に術をかけてみる。
その瞬間、頭の中に鮮明なイメージが流れ込んできた。
――もっとこう魔力を流して。傷のふちをなぞるよう。そう、大地から力をもらうイメージで。
言われた通りにしてみるとたちまち全身の痛みが引いて、傷も痣もきれいに消えていた。
「・・・・なに、これ?」
驚いて右手を見ると、薬指に地味な指輪がはまっている。
夢で女神からもらった、あの指輪だ。
全智の目――なんでも見通す魔神具。
「これのおかげ・・・・?」
半信半疑で指輪に触れると、次々と指示が頭に流れ込んできた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
――このままだと、義妹と婚約者が結ばれて、あなたは家から追い出されるわ。
「は?」
三度目のデートのキャンセル手紙を受け取ったとき、頭に響いた“声”の内容には、さすがに驚きの声を隠せなかった。
――それを防ぎたいなら、義妹の侍女の一人、マチュラを味方につけなさい。彼女は病弱な母親を大切にしている。あなたの土属性魔法で強化した心臓薬を渡せば、彼女は心服するはず。
――もう一つ。魔力を徹底的に鍛えなさい。それが、あなたの身を守る唯一の武器になる。
「・・・・ずいぶん具体的ね、全智の目さん」
文句を言いながらも、私は言われた通りに動いた。
市場で素材を買い集め、心臓に効く薬草を煎じ、土魔法で効能を高める。
それをマチュラに渡し、「あなたのお母さんにしか使わないで」と念を押した。
マチュラは驚くばかりであった。
数日後、マチュラは涙を流しながら礼を言い、
「お嬢様のためならなんでもします」
と誓ってくれた。
「じゃあ、しばらく義妹のそばについて。あの子の動き、全部教えて」
こうして私は、義妹のすぐ近くに耳と目を得た。
同時に、魔力の鍛錬も始めた。
もちろんこれも全智の目に言われたから。
私の得意は防御結界。
土属性と相性の良いこの魔法を、ひたすら磨き上げる。
防御結界は、均一に薄く魔力を張り巡らせなければ真価を発揮しない。
それを可能にするには、鍛え抜かれた魔力制御が必要だ。
身分や生まれ、元々の才能だけではどうにもならない。
努力だけがものを言う世界――それが魔力制御。
「どうせ飼い殺しにされるなら、せめて“牙”くらいは持っておかないと」
私は魔力だけでなく身体も鍛え、武闘派の魔法使いを目指した。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
全智の目が言った通り、父は私を本気で追い出すつもりだったらしい。
だが、私の魔力の成長を見て考えを変えた。
「・・・・この魔力をもっているなら、家に置いておいたほうが得だな」
打算が丸見えで、笑えてくる。
義妹は悔しがり、新たな策を練った。
マチュラの報告によれば――
「お姉様はわたくしの補佐としてずっと傍に置いておくの。後継者はこのわたくし。 お姉様には、私の下女として一生こき使ってもらいますわ」
という計画らしい。
その話を聞いたとき、またイメージが流れ込んできた。
――すぐに大量の小麦を買い付けなさい。今なら安く手に入る。冬になれば飢饉が来て、小麦は暴騰する。そのとき領地と周辺に小麦を放出すれば、あなたの名声は高まり、後継者から外すのは難しくなる。
「なるほど」
これは乗るしかない。
私はすぐに小麦の買い付けを始め、倉を増設し、品質管理も徹底した。
冬――。
イメージ通り、飢饉が訪れた。
小麦の値段は跳ね上がり、あちこちで暴動が起きかけた。
そのタイミングで、私は余分な小麦を領民と近隣領地へ安価で放出した。
「伯爵家のお嬢様のおかげで助かった!」
「ベルフラワー様に足を向けて寝られない!」
私の名声は一気に高まり、父でさえ簡単には私を後継者から外せなくなった。
そこで婚約者が業を煮やした。
地味で貧相な私より、派手で家族からも愛されている義妹に乗り換えたい婚約者。
そこに私を貶めたい義妹も乗っかって、よりにもよって寄り親である侯爵家の夜会で婚約破棄を宣言してきた。
婚約者の声が高らかに響く。
「ベルフラワー嬢は可憐な義妹殿をいじめた。性格にも問題がある。私はこんな性根の悪い女性と一生をともにできない」
「私は真実の愛である彼女の義妹とともにマルベール家を支えていきたいと思う」
・・・・とまあ、そんなことを言い放った。
バカじゃないの。
真実の愛って、浮気じゃない。
当然、主催の侯爵様は激怒。
「公衆の面前で伯爵家の後継者の顔に泥を塗っただけでなく、根拠も示さぬ中傷とは。 お前の家との縁は、ここで終わりだ!!」
婚約者とは婚約破棄になり、婚約者とその家は、あっさり没落の道を歩み始めた。
思い通りにならず、追い詰められた義妹は最後の手段に出た。
マチュラ経由の情報では――
「寄り親の侯爵様に、ベルフラワーお姉様が反逆罪を犯していると告発するわ」
という、実に愚かな計画だった。
早速、侯爵様が話を聞きに乗り込んできた。
義妹は得意げに「これが証拠ですわ」と書類を出したが――それは、私が仕掛けた罠。
すでに侯爵様とは話を通してあった。
義妹が盗んだのは、私と侯爵家が共同で練っていた「土魔法を利用した作付け計画」の資料。
それを勝手に持ち出したこと自体が、義妹の罪になる。
侯爵様に通じるはずもなく、逆に「後継者の足を引っ張る愚かな娘」と見なされ、義妹は裁きを受けた。
寄り親である侯爵様が決めた判断には、うちの親たちも逆らえない。
義妹は修道院送り。
――ここまでは、すべて全智の目の“イメージ”通り。
私はそう確信していた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
婚約者がいなくなり、マルベール家を継ぐのは私しかいなくなった。
女伯爵となる私を支えるために婿入り婚約だった。
だがそれも消えた。
それは派閥の長である侯爵家からみれば放ってはおけないことなので、侯爵家の三男が私の婿として婚約を結ぶことになったのだ。
すべてが片付いたと思った頃。
寄り親の侯爵様が開く夜会に出席していた時のこと。
私がなにげなく指輪を撫でていると、寄り親の侯爵子息で、私の婚約者がその指輪に気づいた。
「それはなんだ?」
「・・・・ただの指輪でございます。亡くなったお母様の形見ですの」
私がそう言うと、婚約者は目を細めてニヤリと笑った。
実は、この侯爵家三男の婚約者、私のことを嫌っている。
地味で貧相な私が嫌なのだ。
なので何かにつけて嫌がらせをしてくる。
当然、そんな男に、この全智の目のことは話していない。
「大事そうだな。なら、取り上げてやる!」
そう言って、私の手から指輪を無理やり奪い取った。
「古ぼけた指輪だ。ふん!地味なお前にお似合いだ。だが、お前が大切にしているので捨ててやる。思い知れ!」
「待って!」
声を上げたのは、私ではなかった。
私はそもそも口が悪いし、口下手だ。
婚約者には、何も言えない。
婚約者の非道なふるまいを止めたのは、私の義妹だった。
義妹は修道院送りだったはずだが、なぜか夜会に出席しており、婚約者を止めたのだ。
義妹の欲望のために。
「その指輪、私にちょうだい。お姉様が変わったのは、その指輪をつけてからだと思うの」
侯爵子息は面白がって、義妹の手に指輪をはめた。
どうやら、侯爵子息、私の婚約者は、周りに黙って派手で華やかな容姿の義妹を修道院から出して付き合っていたみたいだ。
それを知った侯爵様は大激怒。
波乱のうちに夜会は終わった。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
その夜、義妹は全智の目から色々なことを言われたらしい。
――このままだと、お前は地獄に落ちるわ。
『なぜですか? わたくし、そんなにひどいことをしましたか?』
――罪もない人を何人も陥れてきたからよ。
『そんな・・・・どうすればいいのですか?』
翌日から、義妹は必死の形相で領地の仕事を手伝い始めた。
それまで私がやっていたような雑務や現場確認を、自分の足で回るようになった。
(・・・・まあ、更生するならそれでいいけど)
私がそう思っていた矢先だった。
侯爵様が不在の隙を狙って、侯爵子息は私にありもしない罪を着せ、「一族からの追放」を言い渡した。
全智の目は義妹の手にある。
侯爵様もいない。
抵抗する手立てはなかった。
こうして私は、マルベール伯爵家から出ていくことを余儀なくされたのだ。
私は、ゴールド王国の王都へ向かうことにした。
実は、指輪を奪われる直前に最後のイメージが頭に流れ込んでいたのだ。
――王都へ行きなさい。そこであなたは、運命の出会いをする。勇者の仲間に選ばれ、そして使命を全うするわ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
王都に着いてからのことは、拍子抜けするほど簡単に進んだ。
最後まで全智の目の言う通りの展開だった。
本当に、全智の目がなければ私は今頃どうなっていただろうか。
感謝しかない。
王都に着いてすぐに、空の勇者ラベンダー様の同行者を選定する機会を得られ、防御結界魔法の強さを認められ、同行者として選ばれた。
まあ、初めて会ったとき、空の勇者ラベンダー様の目の焦点がどこか合っていない気がしたけれど・・・・。
その後の私たちの活躍は、また別の話。
そこまで見届けたところで、夢はふっと途切れた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「・・・・なんか、変な夢を見た気がする」
私は大きく伸びをして、ベッドから起き上がった。
ゴールド王国でも、マルベール伯爵家でもない。
ここは、中央平原3強の一角であるプラチナ帝国の公爵家、マリーゴールド家。
鏡に映るのは、ベルフラワー・プラチアーナではなく――
当主のパンジー・マリーゴールドだった。
「なんだか、変な夢を見たわね」
苦笑しながら、侍女に朝の身支度をしてもらう。
さっきまで見ていた夢の内容は、もうほとんど覚えていない。
ただ一つ、土の匂いと、暖かい結界の感触だけが、指先に残っていた。
――ベルフラワー・プラチアーナの生まれ変わりがあなたよ、パンジー・マリーゴールド。
主人公ベルフラワー・プラチアーナは、シリーズ本編第二作「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です2」に登場しています。
また、その生まれ変わりのパンジー・マリーゴールドはシリーズ本編第一作「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です」に登場している人物です。
シリーズ「僕に仕えるメイドは世界最強の英雄です」の外伝としてお読みください。




