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残星の孤鴉  作者: PARKER
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プロローグ

星が落ちた夜


空は、本来とても静かなものだ。

少なくとも、あの夜までは。


雲はゆっくりと流れ、風は都市の隙間をなぞり、

人の営みだけが規則正しく地上を満たしていた。

高層ビルのガラスに映る夜景は、いつも通り整っていて、

光は光として、役目を果たすだけの顔をして並んでいた。


誰もが疑わなかった。

明日は必ず来るのだと。


――アタシも、その一人だった。


その瞬間まで、空はただの背景だった。

見上げる理由もなく、恐れる必要もない、

都市を覆う無関心な天井。


だが、空の奥が軋んだ。


音じゃない。

雷鳴でも、爆発でもない。

世界の裏側で、目に見えない膜が引き裂かれる、

そんな感触だけが、先に胸の奥を撫でてきた。


何かがおかしい。

そう思ったときには、もう遅かった。


一筋の光が、空から落ちてくる。


それは流星と呼ぶには、あまりにも遅く、

願いを託すには、あまりにも重い。

本来なら燃え尽きるはずの輝きは途中で消えず、

落ちるほどに色を変え、

明るさじゃなく、深さを増していく。


暗い。

光のはずなのに、底が見えない。


――星が、落ちてきた。


観測装置は判断を誤り、警報は沈黙し、

祈りは向ける先を失っていた。

空を見上げた者は少なく、

見上げた者も、それを「星」だと理解できなかった。


ただ、夜が赤く染まった。


雲が焼け、

影が不自然に引き伸ばされ、

都市の輪郭が、ゆっくり歪んでいく。


その光は祝福じゃない。

裁きですらない。

ただの現象として、感情もなく、地上を照らしていた。


衝突の瞬間、爆音はなかった。


代わりに訪れたのは、

耳鳴りすら飲み込む、深い沈黙。


時間が、一拍遅れる。


次の瞬間、衝撃が波のように走り、

ビルは呻き、地面は軋み、

遠くの海が、何かから逃げるみたいに身を捩った。


アタシは、その場に立ち尽くしていた。

逃げる理由も、理解する言葉もなく、

心臓の鼓動だけが、やけに大きく聞こえていた。


それでも、空は崩れなかった。


星は消え、

夜に残ったのは、長く尾を引く光の残滓と、

焼け焦げたみたいな、消えない傷跡だけ。


その夜を境に、

世界ははっきりと分かれた。


「前」と、「後」。


人々は翌朝を迎え、

仕事に向かい、ニュースを眺め、

いつも通りの言葉を交わす。


でも、壊れたのは派手な日常じゃない。

静かな部分だった。

疑わない心、信じ切っていた前提、

何も起こらないっていう油断。


それは確実に、

見えないところから広がっていく。


星は落ちた。

そして、何かが残った。


その残り火は、まだ名を持たない。

だけどいずれ、

鴉みたいに孤独を纏って、

夜の空を渡る者を生むことになる。


アタシはまだ、その名前を知らない。

ただ、あの夜の感触だけは、

今も胸の奥に、熱として残っている。


夜は何も語らない。

それでも、あの星の落下を、

空そのものは、確かに覚えていた。

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