漢字の点を消せるステッキ
しいなここみさま「冬のホラー企画4」参加作品です。
この会社の食事は美味しい。一緒に食べる人が、前にいる奴でなければ。
「私、嫌いな人とおさらばできるオルゴールを手に入れたの!」
勝ち誇った顔でそう言ってきたのは、同僚の奈々(なな)だ。そのムカつく顔を見ていると虫唾が走る。
「へぇ、すごいね」
そんな内心も腹の底に押し潰して、平然とした顔で対応する。変わったものを手に入れて自慢しているのも気に入らない。
◇ ◇ ◇
「漢字の『点』を消せる杖、一個1000円だよ」
帰り道に怪しい老婆から話しかけられた私は、即座にそれを購入した。意味がわからなかったが、なんとなく財布の紐が緩んだのだ。好奇心、ともいうだろう。
決して、あのムカつく奴に張り合っているとか、そういうわけではない。
「使い方は簡単。消したい点がある漢字、そしてものに対して杖を掲げれば点を消せるのさ」
「……どういうことですか?」
消したい点?もの?
「そのまんまの意味さ」
老婆はそう言って、杖を私に手渡した。魔法少女が持っていそうなステッキだ。
私が持っていても魔法少女にはなれないが。もうそんな歳ではない。
「可愛いデザインですね」
老婆は私の言葉を無視し、最後に一つだけ付け足した。
「永遠の命付きだよ」
◇ ◇ ◇
「点を消せる……ってどういうことだろう」
草むらを歩いて帰宅する。ちょっとしたショートカットだ。
ざく……ざく……
薄い氷を、靴の底で叩き割りながら進んでいく。もう、だいぶ冬だ。
「あ、もしかして」
私は張った氷を一塊手にとり、ステッキを掲げた。
「つっめたっ」
氷が一瞬で溶け、手のひらを液体が伝う。
<氷→水>
頭の中に荒唐無稽な考えがよぎった。そしてそれは、間違っていなかった。
間違いない、これは「漢字の点を消せる」ステッキだ。
――老婆の言っていたことと、一字一句違わないけど。
◇ ◇ ◇
となりを野良犬が通り過ぎていく。私は手慣れた手つきでステッキを掲げる。
<犬→大>
犬が瞬時に大きなステッキへと変貌した。
何故ステッキなのか。意味がわからないが、多分このステッキを作った人(?)が考えるのを面倒がったのだろう。
いつの間にやら、私は命を別のものに変えることをためらわなくなっていた。私にとってステッキは一つの娯楽で、犬をステッキに変えることは暇つぶしの手段に過ぎない。
会社が見える曲がり角で、ステッキをかばんにしまった。さすがにこれを掲げて会社に入るメンタルはない。
デスクにつくと、なにやら周囲が騒がしい。耳を澄ますと、奈々が二日連続で出勤していないとか。彼女の上司も欠勤中で、噂になっているようだ。
(このままこなければいいのに)
思わず、口に手を当てる。開いていないことに心から安堵した。
◇ ◇ ◇
困った。最近犬に会わない。一度、飼い主に連れられている犬をステッキに変えてしまったのが良くなかったのだろうか。ずっと人から警戒されている気がする。
とにかく、娯楽がないのだ。辛い。
「あーあ、暇だな」
呟いた私は、ステッキを掲げた。
(自分に向けたら、どうなるんだろう?)
ひっくり返した瞬間、崩れ落ちる。
話半分に聞いていた、老婆の言葉が脳内にリフレインする。
『永遠の命付きだよ』
太っ腹だ、と笑った。ありえない、不可能だからこそ、笑っていられた。
<永→水>
自分がどんな姿なのか、理解した時にはもう遅かった。




