EP 8
黄金の味噌と、白米へのパスポート
「うふふ~♪ 今日は奮発しちゃいますよ~!」
金貨400枚という大金を手にしたマイユは、鼻歌交じりにスタラントの大通りを歩いていた。
向かった先は、ゴルド商会が運営する高級食品市場。新鮮な魔獣肉から、他国から輸入された珍しい香辛料まで何でも揃う場所だ。
「お金はいっぱい有るから、今日は美味しい物を作るわね! 英一さんの好きな物、何でも言ってくださいな!」
「あ、ああ……ありがとう」
英一は市場の活気に圧倒されながらも、鼻をヒクつかせた。
様々な食材の匂いが混ざり合う中で、一本の「線」のように、懐かしく、そして強烈に記憶を揺さぶる香りが漂っていたからだ。
「……何か、懐かしい香りがする所だな、ここ」
(この匂い……まさか、そんな馬鹿な。ここは異世界だぞ?)
英一が匂いの元へフラフラと引き寄せられると、そこは調味料のコーナーだった。
高級そうな瓶が並ぶ棚の前で、一人の女性が優雅に扇子を仰いでいた。
「いらっしゃいませ、マイユちゃん。景気が良さそうじゃない?」
黄金色の長い髪に、頭にはぴんと立った狐の耳。そして背後には、優雅に揺らめく九本の黄金の尾。
獣人族の中でも上位種とされる、商売の天才『九尾族』の女性だ。
「こんにちは、リリアンさん! 今日のお勧めは何かしら?」
マイユが親しげに挨拶する。彼女の名はリリアン。この市場の支配人エリアマネージャーだ。
「そうねぇ……成金になったマイユちゃんには、これなんて如何かしら?」
リリアンは妖艶な笑みを浮かべ、棚の奥から一つの小さな壺を取り出した。
蓋を開けると、独特の芳醇な香りが広がる。
「……ッ!!」
英一の目が見開かれた。
茶色いペースト状の物体。それは紛れもなく――。
「こ、これって……味噌じゃないか!?」
「あら!?」
リリアンの狐耳がピクリと反応し、切れ長の瞳が英一を射抜いた。
「貴方……これが『分かる』の?」
「わ、分かるも何も……匂いで分かった。これは、大豆を発酵させた調味料だろ?」
「ほう……」
リリアンは扇子で口元を隠し、試すような視線を送る。
「この『ミソ』はね、女神ルチアナ様が伝えたとされる幻の調味料なの。そのまま野菜に付けて食べるのも良し、お湯に溶いてスープ(お吸い物)にするのも良いのよ」
リリアンの説明に、英一の脳裏に浮かんだのは、湯気の立つ朝食の光景だった。
味噌汁。焼き魚。そして、その横にあるべき白い宝石。
「う、うん……スープもいいけど……やっぱり、炊きたての『ご飯』に良く合うよね、味噌は」
無意識の呟きだった。
しかし、その言葉はリリアンにとって爆弾だった。
「――ッ!!」
リリアンが息を呑んだ。
そして次の瞬間。
『ピロン♪』
英一の視界で、リリアンの頭上に表示されていた『黄色(中立)』のマーカーが、鮮やかな『青色(味方・同志)』へと変化した。
(えっ? マーカーが青色に……何故?)
戸惑う英一に、リリアンが顔を近づけてきた。先ほどまでの商売人の顔ではない。同郷の秘密を共有する共犯者のような顔だ。
「まぁ~……『お米』を知ってるの!? 貴方……『あちら側』の知識があるのね?」
「あ、あぁ……(やっぱりルチアナの仕業か)」
「貴方とは話が合いそうだわ。……いいわよ、貴方になら特別に、店の奥に隠してある『お米』も売ってあげる」
「えっ!? 米があるのか!?」
「ええ、極秘ルート(女神直通)で仕入れた最高級品よ。一般には卸してないの」
リリアンはウィンクをした。それは「常連認定」以上の、特別なコネクションが繋がった瞬間だった。
英一は歓喜に震えた。異世界で白米と味噌汁が食える。これ以上の幸福があるだろうか。
「ちょ、ちょっと二人とも~?」
置いてけぼりにされていたマイユが、頬を膨らませて二人の間に割って入った。
「英一さんとリリアンさんだけで通じ合わないでください! それに……」
マイユは財布の紐を握りしめて、ジト目で言った。
「あの……払うのはアタシなんですけど!」
「あらごめんなさい、マイユちゃん。ふふ、今日はおまけしてあげるわよ?」
上機嫌なリリアンに、英一は心の中でガッツポーズをした。
こうして、エイイチ&マイユ工房の食卓に、異世界ではありえない「和食」が並ぶことになったのだった。




