EP 7
青き信頼と、黄金の握手
数日後。
マイユの工房には、青白い光沢を放つ剣が20本、整然と並べられていた。
英一の知識による「温度管理・成分調整」と、マイユのドワーフとしての「神業的な鍛造技術」が融合した、文字通りの傑作群だ。
「これだけあれば、金貨100枚なんて簡単に用意できますわ!」
マイユは腰に手を当て、誇らしげに胸を張った。
「い、いや……まだ決まったわけじゃ……相手が気に入るかどうかは……」
「いいえ! ワタシの目に狂いは有りません事よ。さぁ、行きましょう!」
自信満々のマイユに対し、英一は胃が痛くなる思いだった。
コミュ障にとって「商談」や「営業」は、ボス戦よりも恐ろしいイベントなのだ。
二人が向かったのは、スタラントの大通りに面した老舗武器屋『ミスリルの牙』。
カランコロン、とドアベルを鳴らして中に入ると、革とオイルの匂いが鼻をくすぐった。
「いらっしゃい……おや、マイユちゃんか。久しぶりだね」
カウンターの奥から現れたのは、垂れた犬耳と愛嬌のある顔立ちをした獣人の男だった。
店主のバントクだ。犬耳族特有の人懐っこさと、商売人の鋭さを併せ持っている。
「バントクさん、こんにちは! 今日は注文の品を持って来ました!」
「おお、待ってたよ。親父さんが亡くなってから大変だったろう?」
英一は一歩引いた位置で、視界のUIを確認した。
バントクの頭上には『黄色いマーカー』が点灯している。
(黄色……中立。敵じゃないけど、まだ信用はできない相手、か)
英一が警戒する中、マイユは布に包まれた剣をカウンターに並べた。
「どれどれ……」
バントクは職人の目つきになり、一本の剣を手に取った。
鞘から引き抜いた瞬間、店内が冷ややかな空気に包まれたような錯覚が走る。
波紋の美しさ、重心のバランス、そして何より――
「……試し斬り、いいかい?」
「どうぞ!」
バントクは店の奥から、テスト用の古い鉄鎧を持ってきた。
彼は剣を振りかぶり、迷いなく鎧へと叩きつけた。
――ザンッ!!
金属同士がぶつかる音ではない。
まるで紙を裂くような音と共に、鉄鎧が深々と切り裂かれた。
刃を確認する。刃こぼれ一つない。
「す、凄い……なんだこの剣は!?」
バントクの犬耳がピンと立ち、尻尾が驚きで硬直している。
「軽いのに重い一撃が入る。それにこの粘り気のある強靭な刃……ミスリル製にも匹敵するぞ!」
「エヘヘ、アタシ達の自信作なんです!」
「よ、よし! 分かった。言い値で買おうと言いたいところだが……これほどの業物だ」
バントクは興奮してカウンターを叩いた。
「一本『金貨20枚』でどうだ? 今ある20本、全て買うから合計『400金貨』でどうだ!?」
「よんっ……!?」
英一は目を見開いた。
金貨1枚が約1万円。400枚ということは、日本円にして約400万円だ。
たった数日の労働で、借金の4倍もの金額を叩き出したことになる。
「金貨400枚……!?」
「ああ、これでも安いくらいだ。王都の騎士団に流せばもっと値がつく」
「ありがとうございます、バントクさん!! 是非お願いします!」
マイユがカウンター越しに深々と頭を下げる。
「商談成立だな。いや~、しかしマイユちゃん、腕を上げたなぁ。こんな凄い剣を一人で?」
バントクが感心して頷くと、マイユは首を横に振り、隣の英一を手で示した。
「アタシだけでは無いんです。こちらの英一さんが手伝ってくれて、新しい製法を教えてくれたんです!」
「ほう、英一さんか……」
バントクの視線が英一に向けられた。
値踏みするような目は消え、そこには純粋な敬意が宿っていた。
「あんた、ただの傭兵かと思ってたが……良い職人なんだな。良い仕事をする奴は大好きだ」
「しょ、職人だなんて……俺はただ、知ってることを言っただけで……」
「謙遜するなよ。結果が全てだ。……これからも、よろしく頼むぜ」
バントクが英一に向けてニッと笑いかけ、手を差し出した。
その瞬間。
『ピロン♪』
英一の脳内でシステム音が鳴った。
視界の中で、バントクの頭上のマーカーが、警戒を促す『黄色』から、鮮やかな『青色』へと変化したのだ。
(青色になった……? 何故だ?)
FPSにおいて青色は「チームメイト」を意味する。
だが、ここは現実だ。
英一は、差し出されたバントクの手を握り返しながら気づいた。
これは「味方ユニット」という意味じゃない。「信頼できる相手」「ビジネスパートナー」として認められた証なのだと。
「あ、ありがとうございます……!」
「やった~!! 借金完済しても、まだ300枚も残りますわ!」
帰り道。
重たい金貨の袋を抱えたマイユの足取りは、羽が生えたように軽かった。
夕焼けが街を赤く染めている。
「英一さんのお陰で、こんなに沢山の金貨が……。工房も守れました。本当に、ありがとう英一さん」
工房の前まで戻ると、マイユは立ち止まり、潤んだ瞳で英一を見上げた。
「いや、俺だけじゃ無理だった。マイユの技術があったから……一緒だから、出来た事だ」
それはお世辞ではなく、本心だった。
知識だけあっても、それを形にする腕がなければ意味がない。逆もまた然り。
二人は互いに足りないピースを埋め合わせたのだ。
「これからもよろしくね、英一さん。……アタシの、相棒!」
マイユが小さな手を差し出す。
英一は少し照れくさそうに頬をかき、その手をしっかりと握り返した。
「分かった。……よろしくな、マイユ」
硬い握手。
引きこもりのニートだった男の手と、小さなドワーフの少女の手。
この瞬間、二人は本当の意味でパートナーとなり、伝説の工房『エイイチ&マイユ』の快進撃が幕を開けたのだった。




