EP 6
工業高校の知識とドワーフの炎
工房の二階にある「元従業員の部屋」に荷物を置いた英一は、一階の作業場へと降りてきた。
ここが今日から、彼の職場であり、戦場だ。
「しかし、金貨100枚か……日本円にして約100万円」
腕組みをして、英一は唸った。
一ヶ月で100万円。ブラック企業並みのノルマだが、不可能ではない数字だ。
「金ってどうやって稼ぐんだ? この世界は。……ん~、やっぱりFPSの定石通り、森で魔物を討伐して素材を売れば良いんじゃないか?」
英一の提案に、図面を広げていたマイユがバッと顔を上げた。
「ダメです! 絶対にダメ!」
「え? でも俺、ホブゴブリンも倒せたし……」
「あれはまぐれ当たりみたいなものです! 冒険者はいつ死ぬか分からない危険な仕事なんですよ? 命の恩人の英一さんを、そんな危険な目に合わせるわけにはいきません!」
マイユは頬を膨らませて猛反対した。
彼女にとって英一は、凄腕のスナイパーである以前に、守るべき「ひ弱な人間(見た目)」に見えているのかもしれない。
「う……分かったよ。じゃあ、マイユは何か手は考えてあるの?」
「はい。これを見てください」
マイユが指差したのは、工房の隅に積まれた黒っぽい岩石の山だった。
「在庫の鉄鉱石です。父が遺してくれた良質な鉱石がまだこれだけあります。これを精錬して、一般的な『鉄の剣』を作って売れば……薄利多売ですけど、一ヶ月不眠不休で叩き続ければ、計算上はギリギリ金貨100枚になるはずです!」
「不眠不休って……過労死するぞ」
英一はその鉱石の山と、マイユが書き殴った配合メモを覗き込んだ。
そこには、鉄鉱石と触媒(炭など)の配合比率が書かれている。ドワーフ族に代々伝わる伝統的なレシピだ。
「……ん?」
英一の目が、ある一点で止まった。
(鉄鉱石に対する炭素(木炭)の投入量……これだと多すぎないか? これじゃ『鋼』じゃなくて、脆い『鋳鉄』になっちまうぞ)
工業高校の授業で習った「金属材料」の知識。そして、溶接の資格を取る際に叩き込まれた鉄の性質。
英一の脳内で、教科書の内容と目の前のメモが照合される。
「あれ? マイユさん、この仕組みだと配分量がおかしいよ」
「え? おかしいって……これはドワーフに伝わる由緒ある黄金比ですよ?」
「いや、この量だと炭素が入りすぎて、硬いけど衝撃に弱い剣になる。刃こぼれしやすいだろ?」
「ッ……!?」
マイユが息を呑んだ。図星だったのだ。
彼女の作る剣は切れ味こそ鋭いが、耐久性に難があり、それが「安物」として買い叩かれる原因の一つでもあった。
「この配分でしてみてよ。炭素の量を減らして、代わりに炉の温度を上げて、酸素を送り込んで不純物を飛ばすんだ」
英一はメモの数字を書き換え、さらに炉の送風口の調整を指示した。
それは現代製鉄における「転炉法」に近い理論だった。
「そ、そんな……炭を減らすなんて聞いたことが……」
「騙されたと思って。俺の国のやり方なんだ」
英一の真剣な眼差しに、マイユはゴクリと喉を鳴らした。
「……分かりましたわ。英一さんを信じます!」
ゴォォォォッ!!
魔導炉が唸りを上げる。
マイユが魔力を注ぎ込み、温度計代わりの炎の色を見る。
英一は横でストップウォッチ(脳内UI)を見ながら、正確なタイミングを指示する。
「今だ! 取り出して、叩く!」
「はいっ!」
カンッ! カンッ! カンッ!
マイユがハンマーを振るう。
飛び散る火花。
不純物が取り除かれ、理想的な炭素含有量となった鋼は、まるで飴細工のように素直に形を変えていく。
「(軽い……! いつもの鉄より、粘り気があって叩きやすい!?)」
マイユはハンマーから伝わる感触に戦慄した。
素材が生きている。叩かれることを喜んでいるようだ。
最後の焼き入れ。ジューッという音と共に、水蒸気が立ち上る。
「……出来た」
作業台の上に置かれたのは、一本の剣。
飾り気はない。だが、その刀身は青白く澄み渡り、表面には美しい波紋(刃文)が浮かんでいた。
「……凄いわ」
マイユは震える手でその剣を持ち上げた。
「今までの剣とは、重さが全然違う……軽いのに、芯が詰まっている感じ」
試しに、工房に転がっていた失敗作の古い剣に向かって、軽く振り下ろしてみる。
キンッ!
高い音が響き、古い剣の刀身が真っ二つに断ち切られた。
新しく作った剣の刃には、刃こぼれ一つない。
「嘘……こんな切れ味……」
マイユは英一を振り返った。
「凄いです! 英一さん! これなら……『業物』として高値で売れます! 他の店にも、ゴルド商会の既製品にも負けないわ!」
「へへっ、上手くいったみたいだな」
英一は鼻の下を擦って照れ笑いした。
FPSの腕だけじゃない。自分が捨てたと思っていた「工業高校の知識」が、異世界で少女を救う武器になったのだ。
「よし、この調子でガンガン量産して、借金を返すぞ!」
「はいっ! 親方!」
「お、親方はやめてくれよ……」
工房に、二人の明るい笑い声が響いた。
これが、後に世界を席巻することになる伝説の武器ブランド『エイイチ&マイユ工房』の、最初の一振りとなった。




