EP 3
青いマーカーと銀貨の通行証
硝煙が風に流れていく。
英一はM24をスッと空間収納にしまうと、改めて目の前の少女を見た。
身長は低いが、出るところは出ているドワーフの少女。
彼女の頭上には、視界のUIを通して鮮やかな『青色のマーカー(味方)』が輝いている。
「えっと、その……お、お礼がまだでしたね」
少女――マイユは、頬を少し赤らめながら、モジモジと指を組み合わせた。助けてもらった興奮と、目の前の奇抜な格好の男への興味が入り混じっているようだ。
「ぜ、是非ともアタシの家で薬草茶でも! お菓子もありますし、休憩していってくださいな!」
英一は少し躊躇った。
コミュ障の彼にとって、初対面の異性の家に行くなどハードルが高すぎる。
だが、視界のミニマップは、彼女が完全に「無害」で「友好的」であることを示していた。それに、この世界の情報も欲しい。
「えっと、その……」
英一は視線を少し逸らしながら、ボソリと答えた。
「……世話になるよ」
(まぁ、青マーカーだから罠ってことはないだろ。補給も兼ねて休ませてもらうか)
「はいっ! こっちです、英一様!」
マイユは花が咲いたような笑顔を見せると、英一の手を引いて歩き出した。
二人が向かったのは、森を抜けた先にある城塞都市『スタラント』。
石造りの高い城壁に囲まれたその街は、遠くからでも鍛冶場の煙突から煙が上がっているのが見え、活気に満ちているようだった。
城門の前には、槍を持った兵士たちが立って検問を行っている。
「やぁ、マイユちゃん。商売の帰りかい?」
顔馴染みらしい若い警備兵が、親しげに声をかけてきた。
「あ、警備の人。お疲れ様です~」
マイユは愛想よく挨拶を返すが、警備兵の視線はすぐに英一へと移った。
迷彩服に防弾チョッキ、フルフェイスに近いヘルメット。どう見てもこの世界の住人ではない。明らかに不審者だ。
「……ん? 君は誰だ? 見ない顔だし、その奇妙な服は……」
警備兵が警戒して槍を持ち直す。
英一の視界には、警備兵の頭上に『黄色のマーカー』が表示された。
(黄色……『中立』か。攻撃はしてこないが、対応次第で赤(敵)にも青(味方)にもなるNPCってとこだな)
英一がどう答えるべきか(「旅人です」と言うべきか、黙っているべきか)コミュ障特有の思考フリーズを起こしかけた時、マイユがスッと二人の間に割って入った。
「あ、警備兵さん! この人は怪しい人じゃないの!」
マイユは身振りを交えて、まくし立てる。
「森で魔物に襲われた私を助けてくれた、命の恩人なんです! 凄腕の傭兵さんで、遠い異国の衣装を着てるだけなんですよぉ」
「よ、傭兵……? にしては武器を持ってないようだが……」
「魔法使いの一種なんです! ね? だから心配しないで」
言いながら、マイユは自然な動作で警備兵の手に何かを握らせた。
キラリと光る銀貨(1,000円相当)。
通行料にしては少し多い、所謂「袖の下」だ。
「きちんと通行料は払うから。ね? 融通利かせてくださいな?」
マイユが上目遣いでニコリと微笑む。
ドワーフ族特有の商魂と、彼女自身の愛嬌。そして握らされた銀貨の重み。
警備兵は苦笑して、槍を下ろした。
「……分かったよ。マイユちゃんがそこまで言うなら、信用しよう」
「ありがとうございます~! やっぱりスタラントの兵隊さんは頼りになりますね!」
「へへっ、よせよ。通りな」
警備兵は機嫌よく道を開けた。
(……なるほど。これが『リアルな取引』ってやつか)
英一は感心した。ゲームなら選択肢を選んでスキルチェック判定が入るところだが、この世界ではコミュニケーションと金が物を言うらしい。
マイユの後ろについて門をくぐる際、英一は小さく警備兵に会釈した。
スタラントの街中は、活気と熱気に満ちていた。
カンカンと金属を叩く音、露店の呼び込みの声、そして見たこともない『ロックバイソン』が引く荷車の列。
「じゃあ、行きましょ英一さん! アタシの城へ!」
「あ、ああ……」
英一はキョロキョロと挙動不審になりながらも、彼女の後をついていく。
マイユに案内されて到着したのは、職人街の片隅にある一軒の建物だった。
看板には『マイユの万事屋工房』と書かれており、店の前には歯車や金属片、謎のガラクタが山積みにされている。
「散らかってますけど、どうぞ!」
マイユが重い扉を開けると、中からはオイルと鉄の混じった、どこか懐かしい匂いがした。
それは英一が一日でバックレたとはいえ、かつて嗅いだ工場の匂いに似ていて――しかし、不思議と嫌な感じはしなかった。
「ここが、マイユの工房……」
英一はヘルメットを脱ぎ、その雑然とした、しかし職人の熱意が詰まった空間に足を踏み入れた。




