EP 10
銭ゲコギルドの誤算
スタラントの裏通りに、毒々しい緑色の看板を掲げた建物がある。
『ゼニゲコ商業ギルド』。
表向きは中小企業への融資や経営コンサルタントを行っているが、その実態は法外な利息で金を貸し付け、返済が滞れば土地や権利ごと店を奪い取る、悪質な高利貸し(闇金)組織である。
その最奥にある豪華な、しかしどこか湿気た臭いのする執務室。
「……ゲッコー様。その、マイユの工房から……借金の金貨100枚、取り立てて来ました」
ラウスは脂汗を流しながら、重たい革袋をマホガニーのデスクの上に置いた。
デスクの奥に座っていたのは、派手な着物を着崩し、黄金のキセルをふかしているカエル族(トード種)の男、ゲッコーだ。
突き出た腹、ギョロリとした大きな目、そして常に湿った指先。
「何!? ほんまかいな?」
ゲッコーはキセルを置き、ギョロ目を剥いてラウスを睨んだ。
「あの小娘のドワーフが金貨100枚やと!? どこぞの貴族に身体でも売ったか?」
「い、いえ……どうやら、凄腕の職人を雇ったようで……」
「職人やと? ……貸してみぃ」
ゲッコーは長い舌をチロリと出し、ラウスから袋をひったくった。
紐を解き、中身をデスクにぶちまける。
ジャラジャラという音と共に、まばゆい黄金の山が築かれた。
「……っ!?」
ゲッコーは震える手で金貨を一枚つまみ上げ、片眼鏡で鑑定する。
偽造ではない。紛れもない、王国の刻印が入った純金貨だ。
「ほ、ほんまに金貨100枚あるやないか……」
ゲッコーの顔が歪んだ。喜びではない。明らかな落胆と苛立ちだ。
「ど、どうしましょ? あの工房の場所は職人街の一等地で、立地が良くて……」
ラウスがおずおずと尋ねる。
当初の計画では、借金をカタに工房を差し押さえ、マイユを追い出す手はずだったのだ。
「チッ……あそこを手に入れて、ワテの息がかかった職人を送り込んで『質より量』の武器工場にすれば、大金が稼げる思うてたのによぉ……」
ゲッコーは忌々しそうに金貨の山を爪で弾いた。
金貨100枚は確かに大金だ。だが、あの土地が生み出す永続的な利益に比べれば、端金に過ぎない。
「ま、まぁ、金は回収できたんです。……そ、それでは、これで失礼します。また次の仕事もよろしくお願いします」
ラウスは頭を下げ、部屋を出ようとした。
今回の取り立ての報酬が入れば、家族に美味いものを食わせてやれる。そう思った矢先だった。
「あ? ……待ちや、ラウス」
ゲッコーの冷たい声が、ラウスの足を止めた。
「もう来なくてエエで?」
「……は?」
ラウスは耳を疑い、振り返った。
「金貨100枚取り立てたんやから、もうこの件は終わりや。……つまり、お前はもう用無しやっちゅうことや」
ゲッコーは興味なさそうに、再びキセルに火をつけた。
ラウスの顔から血の気が引いていく。
「そ、そんな!? 俺だって養う家族がいるんです! 次の仕事を貰えないと……!」
「知らんがな」
紫煙を吐き出しながら、ゲッコーは冷酷に言い放つ。
「お前みたいな脳みそ筋肉のゴロツキ、代わりなんぞいくらでもおるんや。計画通りに工房を奪えなかった無能に払う金はない。……さっさと失せろ」
「っ……!」
ラウスは拳を握りしめた。
このカエル野郎を殴り飛ばしてやりたい。だが、ここにはゲッコー子飼いの用心棒が何人も控えている。それに、この街で『ゼニゲコ』に逆らえば、家族も含めて生きてはいけない。
「……くそっ!!」
ラウスは屈辱に唇を噛み切りながら、執務室を飛び出した。
背後から、ゲッコーの下卑た笑い声と、金貨を数えるジャラジャラという音だけが聞こえていた。
夜のスタラント。
路地裏で一人、ラウスは膝をついた。
「どうすりゃいいんだ……」
マイユの工房には、金貨の山があった。
そして何より、あの暖かそうな夕食の匂い。
自分を追い出した冷酷なカエルと、自分を(結果的に)救う力を示した人間とドワーフのコンビ。
ラウスの脳裏に、ある考えがよぎり始めていた。
それはまだ、プライドが邪魔をして形にはならない小さな種火だったが、彼の運命を大きく変える岐路となっていた。




