第1話:おもちゃしか作れない魔女
グランデール。石造りの分厚い壁に守られたその都市は、悪が跋扈するこの荒廃した世界において、最後の安息地だった。人々は互いに助け合い、日々を懸命に生きていた。だが、この街にも、容赦なく差別と嘲笑は存在した。
結衣は、そんな差別の真っ只中にいた。
「またおもちゃかよ。そんなもので、何が守れるんだ?」
魔法学校の授業中、きらびやかな炎の剣や雷の槍を創造する同級生たちに囲まれ、結衣は一人、自分の手のひらを見つめていた。彼女の固有魔法「想像の具現化」。その能力は、誰もが羨むほどに可能性を秘めているはずだった。だが、彼女がどんなに強く願っても、手のひらに現れるのは、小さなウサギの人形や、カラフルな積み木ばかりだった。
「ごめんね……」
彼女はそっと、具現化したばかりのクマのぬいぐるみを握りしめる。もふもふとした手触りは、この殺伐とした世界にいることを忘れさせてくれる。しかし、それだけだった。彼女の魔法は、戦いには何の役にも立たない。
「最弱の魔女、結衣」
それが、彼女のレッテルだった。
授業が終わると、結衣は足早に家路についた。街の片隅にある小さな家。そこには、彼女を無条件に愛してくれる家族がいた。
「結衣、おかえりなさい。今日はどんな魔法を作ったの?」
笑顔で迎えてくれたのは、母親だった。結衣は、授業で馬鹿にされたことを隠し、胸を張って答える。
「新しいお人形を作ったんだ。弟と一緒に遊べるようにね」
弟は、結衣が作ったぬいぐるみを抱きしめて喜んだ。姉は、彼女の頭を優しく撫でた。
「結衣はすごいわ。あなたの魔法は、みんなを幸せにする魔法よ」
だが、その言葉も、結衣の心の奥に巣食う劣等感を消すことはできなかった。
「みんなを幸せに?違う。大切なものを守る力こそ、真の魔法のはずなのに……」
夕食を終え、結衣は窓の外を眺めた。厚い石壁の向こう側は、暗闇に包まれている。彼女は、この平和な日常がいつまでも続くことを願っていた。
しかし、その夜、平穏は突如として破られる。
遠くから響く、巨大な破壊音。そして、人々の悲鳴が聞こえてきた。
「…何?」
結衣の心臓が、嫌な予感で早鐘を打つ。彼女は窓を開け、夜空を見上げた。
その時、彼女の目に映ったのは、燃え盛る火炎と、崩れ落ちるグランデールの城壁だった。
「嘘……」
結衣の頭の中は真っ白になった。
無秩序な悪が、ついにこの最後の安息地を襲撃したのだ。