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泡の国のプリンセスと、鏡のなかのわたし

作者: Tom Eny

泡の国のプリンセスと、鏡のなかのわたし


第一章:満たされない日常


私の名前はユメ。日記はいつも「今日も何もなかった」で始まる。古い映画のヒロインに自分を重ねてばかりいる私を、母のサツキは「しっかりしなさい」と叱る。その言葉が、私には「理解してもらえない」と聞こえ、心を閉ざしていた。鏡に映る私は、夢ばかり見て、何も行動しない、ぼんやりとした少女だった。


同じ頃、泡の王国に住むプリンセス・アリアは、完璧な笑顔の仮面を被って生きていた。厳格な父王に、王族としての振る舞いを求められる日々。誰も見ていない夜、彼女はバルコニーから輝く泡の街を眺め、ため息をついた。鏡に映る彼女は、華やかで美しいが、どこか空虚な瞳をしていた。


ある日、シャワーをひねると頼りない音。鏡の台に見慣れない琥珀色のボトル。「永遠の美」と書かれたシャンプーが、きらめく星のように泡立ち、シャボン玉が舞う。現実のタイルの床が、泡でできたフワフワとした絨毯に変わる。


ふっと目を開けると、豪華な金縁の鏡が輝き、私は信じられないほど美しい姿で、見慣れない浴室に立っていた。そこに映る、私と瓜二つの少女が、同じように手を伸ばしてきた。指先が触れた瞬間、鏡面が泡立ち、声が聞こえる。「お願い……私の代わりになってくれない?あなたも、退屈な毎日に飽きているのでしょう?」私たちはシャンプーの魔法で入れ替わった。


第二章:それぞれの試練と成長


アリアとして泡の王国で目覚めた私は、完璧な生活の裏側にある息苦しさを知った。舞踏会でステップを間違え、晩餐会ではフォークとナイフの選び方さえ分からず、父王の厳しい視線に冷や汗が止まらない。そんな私の異変に、婚約者のリュカ王子が気づき始める。人通りのない庭園で、彼は「最近のアリアは、お茶会の席でいつもと違うカップを選ぶようになったね。まるで、別人のようだ」と、鋭い口調で私に問いかけた。


一方、現実世界でユメとして暮らすアリアは、自由を満喫するのも束の間、平凡な生活の厳しさを知る。水道代を気にしながらシャワーを使い、質素な食事に戸惑う。幼馴染みのハヤトは、目をキラキラさせて日常を楽しむ「ユメ」に戸惑いながらも、次第に惹かれていく。


シャンプーの残量が減っていくにつれ、お互いの記憶や感情が混ざり始めた。私はうっかりリュカに「お母さん」と呼びかけ、アリアはハヤトに「私は王族だから」と言いかける。鏡の中で、二人の心が混ざり合うように、鏡の像が少しずつ曇り始めた。


第三章:真実の発見と決断


タイムリミットが迫る中、私は夜のバルコニーでリュカに助けを求めた。リュカは優しく私の手を取り、「焦らなくていい。ゆっくりで構わない」と、ダンスのステップを教えてくれた。その瞬間、彼の王としての孤独や、王国の未来を案じる父王の愛情が、シャンプーの副作用で混ざり始めた私の心に流れ込んできた。


アリアはハヤトに連れられ、夕暮れの公園でブランコに乗っていた。ハヤトがお小遣いを貯めて買ったキーホルダーを見せ、「大事な宝物なんだぜ」と照れくさそうに言う。高価な宝飾品にはない、質素なものへの愛着。この時間が、泡の王国の豪華な晩餐会よりもずっと満たされていると感じたアリアは、自分の国へ戻る決意を固める。


私たちは、残されたシャンプーがなくなる前に元の世界に戻ることを決意した。最後のシャンプーを二人で半分ずつ使う。鏡の中でお互いの手がゆっくりと離れていく瞬間、鏡面が泡立ち、二人の姿を隠した。


「この体験は、私にとっての永遠の美よ」


「ユメ、あなたの物語は、もう『何もなかった』なんて始まらない」


第四章:それぞれの未来


気が付くと、私はいつもの自分の家の浴室に立っていた。シャワーからは勢いよくお湯が出ている。鏡の台には、もうあの琥珀色のシャンプーはなかった。しかし、その代わりに使い切ったいつものシャンプーの空ボトルが一つ置かれていた。私はそのボトルをそっと手に取り、泡の王国で得た**「自信」や「強さ」**を心の宝物として詰めるような気持ちで、そっと触れた。


鏡に映る自分の姿は、以前より少しだけ自信に満ちた表情になっていた。私はリビングに向かい、母のサツキに言った。「お母さん、今日の夕ご飯、すごく美味しいね」。母は驚いた顔で私を見つめた後、嬉しそうに微笑んだ。母は、ユメの部屋の机に置かれた日記を偶然目にする。いつもの「今日も何もなかった」という文字ではなく、「今日も何かあった」という言葉が力強く書かれているのを見て、これまでユメを理解できていなかった後悔と、成長した娘への安堵で涙ぐむ。


シャワーを浴びているとき、鏡面がわずかに泡立つ。そこに映るのは、以前のような冷たい光ではなく、温かい光に満ちた泡の王国の風景だった。リュカがアリアに「君はもう、完璧なプリンセスを演じる必要はない」と囁いているような声が、遠くから聞こえた。


私たちはお互いの人生をもう二度と体験することはないかもしれない。それでも、あの不思議な体験は、私たちそれぞれの心に、永遠に輝く宝物として残っている。

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