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よくある婚約破棄でもみんなハッピーなゲーム転生と私の旅立ち~同人バレを添えて~

作者: sage

「ええとその、婚約破棄だ」

「は……!?」


 金色の長髪に碧色の瞳、優しげな美貌のフレデリック第二王子は申し訳なさそうに(わたくし)に切りだし、思わず公爵令嬢らしからぬ反応が漏れた。何故だ。どこで間違った。


 金髪赤目に気の強そうな整った顔、いわゆるよくあるゲームの敵役に転生してから、私は品行方正、主人公キャラである妹のクラウディアもかわいがり(ほんとうに素直でかわいい子なのだ)、王子の影も踏まずに歩き、敬意をもって節度あるお付き合いをしてきたはずなのに……。


 訪問の要件は知らされていなかったが、わが公爵家に尋ねてきた王子を家族ともども出迎え、なんなら本格的な結婚の段取りをつけようなどという話かと思っていたのにこれだ。


 いや、ここは前世のゲームのようであっても、確かな秩序と体制の上に築かれたそれなりに堅固な貴族制国家だ。婚約破棄などという横紙破りが実現する可能性はとても低い。そこを確かめておかなければ。


「で、殿下。いきなり、そのような、市井の絵物語のようなことを仰られましても……王家と公爵家の約定なのです、容易に反故には……」

「うん、だから、その、クラウディアと婚約をし直すということだ」


 も、問題ねぇー……原作的にも問題ねぇー……。原作のフレデリックルートでは、クラウディアを虐め倒した私アラベラが婚約破棄され、クラウディアとフレデリックが無事結ばれる。それはそれで感動的なのだが、私は転生してから妹に酷いことなど何もしていない。むしろベタベタに甘やかしていた。そっちのルートに入る理由が全く分からない。


「で、殿下、つまり、私に何か瑕疵があったと……?」


 私は、王子の碧い目を見つめながら、なんとか冷静な声で問いかけた。内心ではどこで間違ったと狼狽の極みだ。アラベラのその後は描写されていない。これまで公爵令嬢なりに暖衣飽食で生きてきて、いまさら平民落ちとか無理無理の無理なのだ。フレデリックは気まずそうに視線を逸らし、ゴホンと咳払いをした。


「その、アラベラ嬢。君の、ええと……『趣味』が、だね。王家としては、いささか看過できないということで……」


 ……趣味? 私の完璧な貴族令嬢ライフの趣味。刺繍はそこそこ、舞踏会での立ち振る舞いも完璧、慈善活動だって率先してやってきた。どこに問題が。


「具体的には、君が密かに配布している……その、なんだ、『物語』のことだ」


 ……え。脳裏に雷鳴が響いた。いや、待て。まさか。いやいやまさか! あの、私の、転生前の魂が抑えきれず、貴族社会の裏でこっそりやっていた、あの。


「男同士の友情を超えた関係は……まずいよ、アラベラ嬢」

「うえぇ……」


 またも令嬢らしからぬ呻きを上げ、私は思わず椅子からずり落ちそうになった。私は、前世で熱心な腐女子だった。BL漫画を読み漁り、イベントに通い詰め、推しカプの同人誌を自ら書いて頒布するほどの情熱を持っていた。


 転生しても貴族社会の退屈さを紛らわすために、ひそかにBL同人誌を書き、親しい貴族令嬢たちにこっそり配っていたのだ。でも、ナマモノはやっていない。実在の人物をモデルにしたやつはさすがに自重した。私が書いていたのは、完全オリジナル、架空の騎士と王子、執事と主人みたいな、健全(?)な一次創作だ。王国では同性愛自体は弾圧されていないし、貴族の嗜みとして芸術的な物語を書くくらい、許されるはず……。


「それにね、アラベラ嬢。君がその……私を見るたびに、なんだかこう、愛情や信頼とは異なる、ドロドロとした情念を感じていたんだ」


 フレデリックは顔を赤らめながら、言葉を選ぶように続ける。


「最初は気のせいかと思ったんだが、君の『作品』を読んだとおぼしき貴族令嬢たちも、似たような視線で私と側近のアルフォンスを見つめているように思えてきて……」

「なん……だと……?」


 貴族令嬢らしく「ありえませんわ!」と言うべきところ、私は思わず前世のミームを漏らし、慌てて口を押さえた。しかし、フレデリックの言葉は止まらない。


「その、アルフォンスと私が連れ立っているときも、妙な台詞を口ずさむ令嬢がいるんだ。『ああ、殿下の碧い瞳がアルフォンスを捕らえて離さない……』とか、なんだとか……。あれは君の作品の引用だろう……?」

「そ、そんな、まさか……私の作品は、純粋な創作で……」


 私は冷や汗をだらだら流しながら弁明を試みるが、フレデリックはなんだか恥ずかしそうに目を泳がせている。


「君の作品は、確かに人の心を掴む、すばらしいものなのかもしれない。だが、貴族の令嬢がそのような……奔放な物語をものするのは、さすがに問題だ。公爵家と王家の婚約を進める上で、君の『趣味』はあまりにも不適切だと判断したんだ」

「うぐぐ……」


 なんにも言えねえ……正論すぎる。バカバカ、私のバカ。婚約破棄ルートを完璧に回避したと思っていたのに。バカバカの上にガバガバだった。未使用だけど。


「あ、あの……この期に及んで、活動については否定いたしません。ですが、そもそも殿下は、何故私がその物語を書いた本人であると……」


 私の同人活動は、細心の注意の元で秘密裏に行われていたはずなのに。手帳に日本語でメモを書き、夜中にこそこそ原稿を書き、信頼できる令嬢仲間にだけ頒布していたのに。どこでバレた。


「アラベラ嬢、君は少し……脇が甘いんだ。公爵夫人が君の部屋で草稿を見つけてしまったらしい。それに、君の作品は一部の貴族令嬢たちの間で熱狂的な人気を博していて、隠しきれなかったんだよ」


 ……終わった。私はがっくりと肩を落とした。私の完璧な貴族令嬢ライフがこんな形で崩壊するなんて……。腐女子のささやかな楽しみが、抑えきれない情熱が仇になるとは……。


「それで……申し訳ないが、君がクラウディア嬢を可愛がっているのは重々承知しているが、実は、彼女とこの件について相談しているうちに……その、互いに心を通わせるようになったんだ」

「えぇ……」


 原作通りっちゃ原作通りだけど、こんな理由で!? この世界の修正力でも働いてるの……? 私のBL同人バレがきっかけで、フレデリックとクラウディアがくっつくなんて。


 いや、確かにクラウディアはめちゃくちゃ可愛いし、素直でいい子だし、目に入れても痛くないけど、フレデリック殿下になら任せられる。これまでの話も、殿下は最大限私に配慮しながら話してくれていると思う。


 好きなキャラではあったけど、実のところ殿下に恋愛的な意味での好意はそんなにない。ただBでLな妄想を働かせているだけでいいのだ。長い黒髪と紫の瞳のクラウディアは、原作の時から殿下と並んだらお似合いではあった。クラウディアTSものを考えたこともある。素直に祝福してしまう。ほんとうに素直か?


「すでに公爵夫妻にも相談済みだ。さっきも言ったとおり、アラベラ嬢の『活動』については把握されている」


 公爵夫妻。私の両親。この世界の父と母。同人バレ。前世でもしたことないのに……!


「アラベラ嬢は病を患ったという体で、しばらく別荘で静養してもらうのがいいのではと……君に不便を強いてしまうが。追放と言うわけではないけれど、私たちと同じところにいるのも、形としておかしいわけで……」


 追放……悪役令嬢らしい末路だと……おお、これが私の運命か。


「わ、わかりました……殿下の思し召しのとおり、私が殿下に対して抱いていたのは、愛情や信頼と言うよりは邪な気持ちでした。どのような処分でも仰せのままに受け入れます。また、姉として妹の慶事を祝福しないわけもありません……私は、病を得て、妹に婚約者の地位を譲ります」


 公爵夫妻、つまり私の両親が私を見つめている。父は難しい顔で、母は……なぜか、妙にキラキラした目で私を見ている。隣には、妹のクラウディアが、申し訳なさそうにもじもじしていた。今まで成り行きを見守っていたお父様が口を開く。


「アラベラ、今回のことは残念だ……しばらく地方で身を正す時間を持つがいい」


 父の重々しい声が響く。私はただうなだれるしかなかった。すると、母が突然立ち上がり、目を輝かせながら言った。


「でも、アラベラ、あなたの作品はほんとうに素晴らしいわ! あの、騎士と王子の切ないすれ違いのシーン、母さん、涙なしには読めなかった!」

「……は?」


 私はポカンと口を開けた。お母様、がっつり読んだの!? 私のBL同人誌を!?


「『君の剣はいまだに僕の心を貫く』だなんて、なんて情熱的なの! ねえ、アラベラ、いえ、ローズバド夫人! 母さんの本にサインしてくれる?」

「え、ええ!?」


 ペンネームを持ち出さないで頂きたい! さらに、クラウディアまでもが口を開く。


「お、お姉様……私も、実は、お姉様の作品の大ファンで……その、特に『月下の誓い』が大好きで……私にも、サイン、いただけますか?」

「クラウディア!?」


 もじもじしてたのは殿下関連じゃなくて、私関連だったわけ!? いや、待て、ちょっと待て! 私の同人誌が、家族にバレてるどころか、ファンが出来てる……。


「アラベラ、お前の才能は認めよう。だが、公爵家の令嬢としての節度は守ってもらわねばな」


 お父様が厳かに言うが、なぜかその手には私の同人誌が握られている。……お父様、まさかあなたまで!?


 ……こうして、私、アラベラ・クロスマンは、BL同人バレによる婚約破棄と追放という、前代未聞の理由で公爵家の屋敷を離れることになった。地方の別荘で、私は腐女子魂を抑え、貴族令嬢として生まれ変わるのか。それとも、心のままに、新たな物語を紡ぐのだろうか。ただ昼の白い月だけが私の旅立ちを見守っていた……。


~fin~

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