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薩摩人活動記録書:第九日目

歴史講義での異論と「釣り野伏」の気配


記録日時: 聖暦2525年4月9日、午前中

記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス


今朝、薩摩寮の温州みかん畑が、ついに学園の正門から見える位置にまで拡張されていることを確認した。


もはや隠す気もないのだろう。


彼らは畑の真ん中に立てた見張り台から、学園を行き交う生徒や教師たちを睥睨している。


その視線の先には、時折、彼らしか見えないはずの「死神」が揺らめいているように見えるのは、私の気のせいだろうか。


午前中の授業は、再び「歴史学」。


昨日、薩摩人たちの「死神が見える」という発言に困惑していたアーサー先生が、今日はやや疲れた表情で教壇に立っていた。


彼はこの世界の「勇者と魔王の戦いの歴史」について、熱弁を振るっていた。


 「そして、かの大戦の終盤、勇者たちは地の利を活かし、魔王軍を分断することに成功しました。この作戦は、戦術の教科書にも載るほどの見事なもので、まさに知恵と勇気の結晶と言えるでしょう」


アーサー先生が、当時の戦術図を指し示しながら説明すると、薩摩人たちがざわつき始めた。


 彼らは互いに顔を見合わせ、何やら鹿児島弁で話し合っている。


 「先生、お尋ねしてもよろしいか?」


一人の薩摩人が手を挙げた。


アーサー先生は、また何か突飛な質問が飛び出すのではないかと身構えながら、「どうぞ」と答えた。


 「先生は、先ほどの戦術を『見事なもの』と仰ったが、あれは罠ではないのか?」


アーサー先生は首を傾げた。


 「罠? いえ、これは正規の戦術で、魔王軍の目を欺くための陽動……」


 「陽動であれば、もっと周到に行うべきではないか。あのような分かりやすい動きでは、魔王軍の斥候ならばすぐに看破するだろう」


別の薩摩人が畳み掛ける。


 「わざと劣勢に見せかけ、敵を引き込む『釣り野伏』に似ておるが、それならば、もっと捨て駒を増やさねば意味がない」


彼らは、アーサー先生が絶賛する歴史的戦術を、まるで実戦経験豊富な軍師のように批判し始めたのだ。


彼らの口から飛び出す「釣り野伏」という聞き慣れない言葉に、他の生徒たちは困惑していた。


アーサー先生も、彼らの鋭い指摘にたじろいでいた。


 「ええと、その『釣り野伏』とやらは、一体どのような戦術なのですか?」


アーサー先生が恐る恐る尋ねると、薩摩人たちは顔を見合わせ、ニヤリと笑った。


 「『釣り野伏』とは、敵を巧みに誘い込み、三方から包囲殲滅する戦術じゃ。その際、一部の兵が囮となり、自らの命を捨てて敵を引きつける。これを『捨てすてがまり』*と呼ぶ!」


彼らは、まるでそれが当然の戦術であるかのように、平然と「命を捨てて敵を引きつける」という言葉を口にした。


その冷徹なまでの功利主義に、教室の空気は一瞬にして凍りついた。


アーサー先生は、彼らの異常な価値観に戦慄し、それ以上何も言えなくなった。


彼らが、この学園でどのような「戦術」を披露するのか、考えるだけで身の毛がよだつ。




記録日時: 聖暦2525年4月9日、午後3時

記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス


午後の授業は、「実地訓練:集団戦術」。


担当は、昨日も彼らに振り回されたロドリゴ先生だ。


今日は、複数のチームに分かれ、模擬的な敵陣突破の訓練を行うことになっていた。


ロドリゴ先生は、昨日の反省からか、薩摩人たちに特に厳しい指示を出した。


 「君たちは、決してチームを離れて勝手な行動を取らないように。必ず指示に従い、連携を重視するように!」


薩摩人たちは、不満げな顔をしながらも、今回は指示された通りにチームの最後尾に配置された。


彼らは大人しく他の生徒たちと足並みを揃え、敵に見立てた障害物を迂回し、突破を目指していた。


しかし、訓練も終盤に差し掛かり、あと一歩で目標地点というところで、模擬的な敵の増援が現れた。


他のチームが戸惑い、指示を仰ぐ中、薩摩人たちが再び動き出した。


 「おい、こんな回りくどいことをしては、時間がかかるばかりじゃ!」


 「チェストして、一気に突破する!」


彼らは、突如としてチームを離脱し、増援に向かって一直線に突っ込んでいった。


他の生徒たちが呆然と見守る中、薩摩人たちはまるで嵐のように敵陣を蹂躙していく。


彼らは模擬的な敵兵を次々と打ち倒し、あっという間に道を切り開いてしまった。


そして、彼らは目標地点に到達すると、振り返って他のチームに向かって叫んだ。


 「貴様ら! 何をぼやぼやしちょるか! 早く来んか!」


ロドリゴ先生は、その光景に頭を抱えていた。


 「なぜ指示に従わないんだ! これでは訓練にならない!」


薩摩人たちは、何が悪いのか理解できないといった表情を浮かべていた。


 「先生、目標は達成したじゃろがい! 何が不満じゃ?」


 「効率的にチェストするのが、一番の近道じゃ!」


彼らは、集団戦術という概念そのものを、彼らの「効率的なチェスト」という単純な行動に還元してしまったのだ。


ロドリゴ先生は、疲労困憊の表情で、ただただ首を振るばかりだった。


私の胃は、もう限界に近い。




この任務がいつまで続くのか、そして私の精神がいつまで耐えられるのか、不安は募るばかりである。


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