薩摩人活動記録書:第六日目
講義室の改造と「死神」の出現
記録日時: 聖暦2525年4月6日、午前中
記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス
今朝、薩摩寮の温州みかん畑の隅に、見慣れない構造物が設置されているのを発見した。
それは、複数の木材を組み合わせて作られた、何やら巨大なやぐらのようであった。
当直の職員に確認したところ、薩摩人たちは昨夜、どこからか木材を調達してきては、「鳥の鳴き声がやかましいから、見張り台ば作っど!」と言いながら、一晩で組み上げたという。
一体、何を見張るつもりなのか、私には皆目見当がつかない。
午前中の授業は、「歴史学」。
担当は、温厚な性格で知られる老教授、アーサー先生だ。
彼はこの世界の古代史について、熱心に講義を進めていた。
他の生徒たちは真面目に耳を傾けていたが、薩摩人たちはどうにも落ち着かない様子だった。
彼らは講義中、頻繁に周囲を見回したり、何かをブツブツと呟いたりしていた。
そして、アーサー先生が講義の途中で席を外し、板書を始めたその時、異変が起こった。
「先生、お尋ねしてもよろしいか?」
一人の薩摩人が手を挙げた。
アーサー先生が「どうぞ」と答えると、その薩摩人は真剣な顔で質問した。
「先生は、我々の背後に見えちょるあの『死神』について、何か御存知か?」
アーサー先生は一瞬、きょとんとした顔をした。
「死神? すまないが、君の言っている意味が分からないな」
すると、別の薩摩人が続く。
「そうじゃ! いつからおったのか知らんが、ずっとおるじゃっど!」
「おいは幼き頃から、死神は常に我らの傍におる、と教わってきたじゃっど!」
薩摩人たちは、まるでそこに実体があるかのように、教室の隅を指差して話し始めた。
彼らの真剣な様子に、他の生徒たちは恐怖を感じ、指差された方向を恐る恐る見つめた。
しかし、そこには何もいない。
アーサー先生も困惑した表情を浮かべるばかりだ。
彼らの会話から察するに、薩摩人の多くは「死神が見える」という、この世界では考えられないような特異体質を持っているようだ。
そして、その死神の存在が、彼らの独特の死生観に大きく影響しているのかもしれない。
アーサー先生は、最終的に「……各自、見えないものについて思いを馳せるのも、歴史を学ぶ上で大切なことです」と、苦し紛れに答えるしかなかった。
記録日時: 聖暦2525年4月6日、午後2時
記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス
午後の授業は、再び「魔法基礎理論」。
担当はエアル・グリーンドラゴン先生である。
昨日、彼らが魔法を軽んじる発言をしたため、私はこの授業がどうなるか、非常に危惧していた。
教室に入ると、私は目を疑った。
薩摩人たちが、教室の机を全て壁際に寄せ、中央に広いスペースを作っていたのだ。
そして、その中央には、昨日までなかったはずの、巨大な木製の的が設置されている。
しかも、その的は、魔法の訓練用のものではなく、どう見ても剣術の打ち込み用である。
エアル先生もその光景に呆然としていた。
「き、君たち! これは一体どうしたんだ!? なぜ机を動かし、こんなものを設置したんだ!?」
一人の薩摩人が、胸を張って答えた。
「先生! おれたちは、魔法より剣術の方が得意じゃっど! だから、この教室ば稽古場に変えたじゃっど!」
「魔法など、回りくどいことばするくらいなら、チェストで全て解決した方が早か!」
彼らは、魔法の講義室を勝手に「剣術訓練場」へと改造してしまったのだ。
エアル先生は、言葉を失い、杖を握りしめたまま震えていた。
他の生徒たちも、薩摩人たちのあまりの暴挙に、ただ呆然と立ち尽くすばかりである。
エアル先生は、何とか授業を始めようとしたが、薩摩人たちは既に的の前に立ち、素振りを始めていた。
彼らは「チェスト!」「魂を込めろ!」と叫びながら、木製の的に力強い一撃を加えていく。
その振動が、講義室全体に響き渡った。
結局、この日の「魔法基礎理論」は、薩摩人たちによる「剣術訓練」に終始し、エアル先生は途中で静かに教室を去ってしまった。
私の精神は、この5日間で完全に疲弊しきっている。
この「薩摩人活動記録係」という任務は、私の心身を蝕む危険な仕事であると、改めて痛感した一日であった。