薩摩人活動記録書:第五日目
減点と切腹の攻防、そして意外な「義侠心」
記録日時: 聖暦2525年4月5日、午前中
記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス
今朝、薩摩寮の「温州みかん畑」が、ついに寮の裏手だけでなく、隣接する未使用のグラウンドの一部にまで及んでいることを確認した。
彼らはもはや隠すこともなく、堂々と開墾作業を行っている。
学園長は既に諦めの境地で、「もう好きなようにさせればいい…」と呟いていた。
このままでは、学園敷地の半分がみかん畑になる日も近いだろう。
午前中の授業は、実践的な「戦術基礎」。
担当は、経験豊富な騎士団出身のロドリゴ先生である。
彼は生徒たちに、少人数での連携の重要性や、地形を利用した戦術について教えていた。
ロドリゴ先生は、模擬的な戦闘演習を生徒たちに課した。
他の生徒たちが慎重に連携を取り、指示された通りに動く中、薩摩人たちはまたしても規格外の行動に出た。
彼らは指示された場所とは異なる位置に布陣し、独自の判断で森の奥へと突入していったのだ。
「待て! 指示と違うぞ!」
ロドリゴ先生が叫ぶが、彼らは「チェストォォォ!」と叫びながら、森の奥へと消えていく。
やがて、森の中から複数の魔物の断末魔と、薩摩人たちの雄叫びが響き渡った。
数分後、彼らは血まみれの魔物の素材を手に、平然と戻ってきた。
「先生! 邪魔な魔族は全てチェストしてまいったじゃっど!」
彼らは誇らしげに報告するが、ロドリゴ先生は激怒した。
「これは演習だ! なぜ指示を無視して勝手な行動を取るんだ! 大体、なぜ許可なく魔物を狩る!? これでは、お前たちだけ減点せざるを得ない!」
ロドリゴ先生が「減点」という言葉を口にした瞬間、薩摩人たちの顔色が変わった。
彼らは一斉に顔を見合わせ、深刻な表情を浮かべた。
「減点……だと?」
「薩摩隼人が、減点などあってなるものか!」
「これは、武士の誉れに泥を塗る行為じゃ!」
そして、一人の薩摩人が、腰に差した刀に手をかけた。
「先生、おいはこの減点に対し、薩摩隼人としての落とし前をつけねばならん!」
そう言うと、彼は刀を抜き、自らの腹部に切っ先を向けた。
ロドリゴ先生は、まさか「減点」で切腹しようとするとは思わず、顔面蒼白になった。
「ま、待て! なにをするんだ!?」
「減点など、取り消せばいい! 取り消すから、やめなさい!」
ロドリゴ先生は必死に止めるが、薩摩人は聞く耳を持たない。
「いや、一度つけられた汚点は、腹ば掻いて流さねばならん!」
周囲の生徒たちも、薩摩人の異常なまでの責任感と死生観に恐怖を感じていた。
結局、ロドリゴ先生は渋々、薩摩人たちの減点を取り消すことを約束し、彼らは刀を鞘に収めた。
この一件以来、教師たちの間では「薩摩人には減点しない」という暗黙の了解が生まれたという。
記録日時: 聖暦2525年4月5日、午後3時
記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス
午後は、新入生向けの「学園施設案内」が行われた。
広大な学園内には、訓練施設や図書館の他に、病棟や食堂、購買部など様々な施設がある。
案内役は、上級生のアレンとリリアンが務めていた。
案内中、とある廊下で、アレンとリリアンが数人の上級生に取り囲まれている現場に遭遇した。
彼らはアレンとリリアンを罵倒し、どうやら入学以来のいじめのようであった。
アレンは怯えて震え、リリアンは泣きそうになっていた。
それを見た薩摩人たちが、一斉に動き出した。
「おい、そこな卑怯者ども!」
彼らは何のためらいもなく、いじめをしている上級生たちに向かってまっすぐに歩み寄った。
いじめグループの一人が、薩摩人たちを嘲笑った。
「なんだ、新入生か。分をわきまえろ、田舎者ども!」
その瞬間、一人の薩摩人が上級生の前に立ち、凄まじい眼光で睨みつけた。
「貴様らのような臆病者が、弱き者をいじめるか! 薩摩隼人が、そげな卑怯な振る舞いを許すと思うちょるか!」
そして、「チェストォォォ!!」と叫びながら、先頭の上級生に向かって、拳を固めて突き出した。
剣ではない。
彼らは、学園内で剣を抜くことへの教師陣の反応を考慮したのか、躊躇なく素手で攻撃を仕掛けたのだ。
上級生は薩摩人の気迫と、その一撃の重さに悲鳴を上げて吹っ飛んだ。
他の薩摩人も次々と続き、いじめグループはあっという間に叩きのめされた。
彼らは決して相手を殺すような真似はしないが、徹底的に痛めつけることで、二度といじめができないように「教育」しているようであった。
いじめグループは満身創痍で逃げ去り、薩摩人たちはアレンとリリアンに向き直った。
「大丈夫か? こんなことされちょるとは、情けないじゃろがい」
「もし次、こげなことされたら、おれたちがチェストしてやるけん、遠慮なく言え!」
薩摩人たちは乱暴な言葉遣いではあったが、その目には確かな義侠心が宿っていた。
アレンとリリアンは、突然の出来事に呆然としながらも、薩摩人たちの「助け」に感謝の言葉を述べた。
彼らの行動は、学園の秩序を乱すものであることは間違いない。
しかし、その一方で、彼らが持つ独自の「正義」が、学園内の歪みを正す力となる可能性も感じざるを得ない一日であった。
私の胃の薬は、もう手放せない。