薩摩人活動記録書:その後
勇者学園の変容と「薩摩御用達」の誕生
記録日時: 聖暦2525年5月1日、学園長室報告書
記録者: 勇者学園学園長 グランヴァルド・フォン・アールスト
エルヴァード・フォン・グロリアス筆頭調査官が故郷へと旅立ってから数日。
彼の残した記録には、薩摩人たちの想像を絶する行動が克明に記されていた。
彼が精神を病んだのも無理はないと、私は痛感している。
薩摩人たちが討伐隊として学園を離れて以降、学園内には奇妙な変化が起こり始めている。
まず、薩摩寮の温州みかん畑は、もはや学園の「名所」となり、遠方から見学に来る者まで現れる始末だ。
薩摩人が不在の間も、彼らが設置した給水システムと、どこからか調達した魔物の肥料のおかげで、畑は驚くほど豊かに実り続けている。
収穫されたみかんは、学園の食堂に無償で提供されており、生徒や教師からは「薩摩みかん」として好評を博している。
そして、最も驚くべき変化は、学園の授業風景に現れた。
壊された図書館や訓練施設は、薩摩人たちの「無許可修繕」によって、以前よりも頑丈に、そしてなぜか「斬り込みやすい」構造へと変貌を遂げていた。
ミネルヴァ先生やガストン先生は未だに憤慨しているが、生徒たちはその斬新な施設に順応しつつある。
さらに、薩摩人たちが残していった「チェスト推奨」の張り紙は、撤去されることなく放置されている。
当初は嘲笑の対象であったが、今では一部の生徒たちが、訓練中に無意識に「チェスト!」と叫ぶようになっている。
特に、いじめから救われたアレンやリリアンといった生徒たちは、薩摩人たちの行動に影響を受け、以前よりも積極的かつ勇敢に物事に取り組むようになっていた。
一方で、ロドリゴ先生やディートリヒ先生といった規則に厳格な教師たちは、薩摩人たちが不在の間も、彼らの残した「爪痕」に頭を抱え続けている。
減点しようにも「切腹」のトラウマがあり、規則を強制しようにも、既に学園内に彼ら独自の「薩摩ルール」が定着しつつあるのだ。
記録日時: 聖暦2525年5月10日、王国軍司令部報告書
記録者: 王宮騎士団長 ライネル・グリムストーン
国王陛下の命により、薩摩人たちが魔族討伐隊に任命されてから約一ヶ月が経過した。
彼らの活動は、まさに「規格外」としか言いようがない。
彼らが赴いた討伐地域では、魔族の被害が劇的に減少している。
いや、減少というよりも、壊滅していると言った方が正確だろう。
報告によると、彼らが一度足を踏み入れた地域では、大小問わず全ての魔族が文字通り「痕跡すら残さず」消え去っているという。
生け捕り対象の魔族がいた場合でも、彼らは「留守番」と言って討伐には参加しないものの、その討伐対象はほぼ確実に別の要因で死滅している。
これには、魔族側も恐怖を抱き、「殺魔もん」という彼らの異名が、魔族の間でも広く知れ渡っているようだ。
彼らの討伐方法は、冷徹なまでの効率性を追求している。
地形や魔物の生態を瞬時に見抜き、最小限の動きで最大の結果を出す。
まるで、彼らの故郷で培われた「釣り野伏」や「捨て奸」といった戦術を、魔物相手にも応用しているかのようだ。
彼らは一切の躊躇なく、魔族を「チェスト」する。
その様は、戦場の死神そのものだ。
当初は彼らの「生け捕り拒否」に頭を悩ませたが、結果として魔族の被害が激減しているため、王国軍としては彼らの行動を黙認せざるを得ない状況にある。
彼らの存在は、長年膠着状態にあった魔族との戦に、新たな局面をもたらしている。
しかし、彼らが人間にも容赦なく「チェスト」を仕掛けようとする危険性もはらんでいるため、彼らの動向を監視し続ける必要はある。
彼らは、王国にとって強力な「刃」であると同時に、制御不能な「両刃の剣」である。
記録日時: 聖暦2526年4月1日、勇者学園記念式典記録
記録者: 勇者学園学園長 グランヴァルド・フォン・アールスト
薩摩人たちが勇者学園に入学してから、今日で一年が経過した。彼らはこの一年間、学園に、そして王国に、計り知れないほど大きな波乱を巻き起こした。
彼らは魔族討伐隊として、各地で驚異的な戦果を挙げ、王国に平和をもたらす上で多大な貢献をした。
彼らが赴いた場所からは魔族が駆逐され、安全な土地が広がった。
王国の民は彼らを「殺魔もん」と畏怖しつつも、その恩恵を享受している。
しかし、その一方で、勇者学園は彼らの影響により、完全に変容してしまった。
温州みかん畑は学園の新たなシンボルとなり、教師たちは薩摩人たちの行動様式に対応するために、教育方針を大幅に見直すことを余儀なくされた。
一部の生徒たちは、彼らの影響を受け、戦闘においてより実践的かつ大胆な行動を取るようになった。
薩摩人たちは、一年間の学園生活を終え、旅立っていった。
彼らの就職先は、もちろん専ら魔族狩りである。
彼らは「まだチェストし足りん!」と言い残し、新たな戦場へと向かっていった。
彼らの一件は、勇者学園の歴史において、まさに「規格外」の出来事であった。
そのあまりの衝撃から、彼らに関する記録は、後世において「思い出すことすら禁則事項」とされ、歴史の闇に葬られることになった。
しかし、学園の片隅には、今も豊かに実る温州みかん畑が残り、時折、風に乗って「チェスト!」という幻聴が聞こえる気がする。
そして、学園長の私自身も、未だに胃の痛みが取れることはない。
完




