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薩摩人活動記録書:第一日目

勇者学園入学式当日の記録


記録日時: 聖暦2525年4月1日、早朝

記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス


本日より、王命により異世界より転移された例の集団――我々が便宜上「薩摩人」と呼称している彼らの活動記録を開始する。


彼らはその危険性から、急遽学園敷地内に設立された特例寮、「薩摩寮」に入居しており、その監視は最重要任務とされている。


午前7時。薩摩寮に朝食を届けた際、信じられない光景を目にした。


通常であればまだ寝静まっている時間にもかかわらず、既に彼らは全員が木刀を手に庭で素振りをしていたのだ。


中には「チェスト!」と叫びながら、木々に向かって袈裟斬りを繰り返す者もおり、その気迫は寮の庭の木々を無残なまでに削り取っていた。


 「おい、飯じゃあ! 腹を空かしていくさはできんじゃろがい!」


給仕係の者が食事を運ぶと、彼らは一斉に素振りを止め、食事へと殺到した。


その早業は、通常の人間とは比較にならない。


彼らは異世界の食料にもかかわらず、一切の疑いもなく、むしろ大地の恵みとばかりに貪り食らう。


その食欲たるや、給仕係が悲鳴を上げるほどであった。




記録日時: 聖暦2525年4月1日、午前9時

記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス


午前9時、勇者学園入学式。


新入生が一同に会する中、薩摩人たちは一際異彩を放っていた。


彼らの服装は、この世界の一般的な民族衣装とは異なる独特の様式をしていた。


そして何より、腰に差した“刀”が周囲の生徒たちの視線を集めている。


学園内での武器の携帯は原則禁止されているにもかかわらず、彼らは平然とそれを帯刀していたのだ。


我々記録係は、彼らが問題を起こさぬよう、式典中も厳重に監視していた。


しかし、その心配は杞憂に終わった。


彼らはむしろ、驚くほど真面目に式典に臨んでいたのだ。


国王陛下の祝辞に対しても、微動だにせず、時には深く頷き、敬意を表しているようにも見えた。


だが、その平穏は、新入生代表の挨拶で突如として破られた。


新入生代表のエルフ族の青年が、「この学園で研鑽を積み、立派な勇者となり、世界を平和に導くことを誓います」と高らかに宣言したその時だった。


 「おい、そげなぬるいことばっか言っちょる場合じゃなかじゃろがい!」


最前列に座っていた薩摩人の一人が、突如として立ち上がり、大声で叫んだ。


会場は一瞬にして静まり返る。


国王陛下も、学園長も、そして何よりも新入生代表の青年も、呆然としてその薩摩人を見つめていた。


 「この世はいくさじゃ! 平和じゃとぬかしよる間に、魔族どもは虎視眈々と狙っちょるじゃろがい! 勇者たるもの、常に死と隣り合わせ。チェストの精神をもって、命ば懸けんといかんのじゃ!」


その言葉に、他の薩摩人たちも呼応するように立ち上がり、一斉に叫び始めた。


 「そうだ! チェストじゃ!」


 「命ば懸けろ!」


 「死を恐るるな!」


会場は瞬く間に喧騒に包まれ、入学式は混沌と化した。


国王陛下の顔には困惑の色が浮かび、学園長は胃のあたりを押さえていた。




記録日時: 聖暦2525年4月1日、午後1時

記録者: 薩摩人活動記録係 筆頭調査官 エルヴァード・フォン・グロリアス


入学式後の昼食時。


彼らは相変わらず異様な食欲で食堂の料理を平らげ、周囲の生徒をドン引きさせていた。


午後からの最初の授業は、学園長直々の「勇者の心構え」という座学であった。


学園長は疲弊しきった顔で教壇に立ち、精神論を中心に講義を進めていた。


 「勇者とは、弱きを助け、悪しきを討つ崇高な存在です。何よりも、命を尊び、決して無意味な殺生をしてはなりません」


学園長の言葉に、薩摩人たちは静かに耳を傾けていた。


一見すると、彼らは真剣に講義を聞いているように見えた。


しかし、学園長が「無意味な殺生」という言葉を口にした瞬間、教室の空気が変わった。


 「先生、お尋ねしてもよろしいか?」


一人の薩摩人が手を挙げた。


学園長は、何が飛び出すか分からず、おそるおそる「どうぞ」と答えた。


 「先生は、魔族との戦も無意味な殺生であると仰るのか?」


その質問に、学園長は言葉を詰まらせた。


 「いや、それは……魔族は人類の敵であり、討伐すべき存在です。しかし、不必要な殺生は避けるべきだという話で……」


 「フム。ならば、戦において敵を殺すことは、我らの魂に恥じる行為であるとでも?」


別の薩摩人が畳み掛ける。


学園長の顔色はさらに悪くなった。


 「そうではなく、命は尊いものであり、軽々しく奪うべきではないと……」


 「命は魂の器。チェストする時にこそ、真の輝きを放つものではないか!」


 「おいは幼少の頃より、武士道とは死ぬことと見つけたり、と教えられてきたじゃっど!」


教室は再び騒然となり、生徒たちは薩摩人の異様な死生観に戦慄していた。


学園長は、もはや何を言っても無駄だと悟ったのか、深いため息をつき、顔を手で覆ってしまった。


今日の記録はここまでとする。


これから、一体どのような波乱が巻き起こるのか、想像するだに恐ろしい。




既に私の精神は、摩耗し始めている。




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