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雨の日の図書室

作者: 月蜜慈雨




雨の日は図書室に来る。入学したときからのルーティンだ。

雨が窓を叩く音がすると、なんだか心が落ち着く。

その日もいつもの定位置で座っていると、突然僕の近くに人がやってきた。


「ねぇ、それ面白い?」


見上げた先には、黒髪ロングの少し吊り目気味の女の子がいた。

見かけたことがないから、多分後輩だろう。

僕は本に視線を落として答えた。


「人によるけど、多分、面白いんじゃないかな」

「ふーん」


聞いたくせに興味なさそうに女の子は呟いた。


「私、澪っていうの。先輩の名前は?」


僕はこの子が一応僕のことを先輩とちゃんと認識していたことに驚きながら、返事をした。


「僕の名前は、蓮だよ」

「よろしくね。蓮」


そう言って澪という女の子は笑った。僕はあまりよろしくしたくなかったが、一応頷いた。


僕はこの澪という、若干失礼な女の子と時折会話を重ねた。

2人とも読んでいる本の好みは、不思議なくらい一致していた。特にアポカリプス的というか、退廃的な雰囲気の小説が好きで、よくそれについて話した。少し、心の距離が近づいた気がした。

逆に好きな音楽は真逆だった。澪は、「蓮意味わかんない」と宣ったが、こちらこそ意味分からない。なんで退廃的な小説が好きなのに、シティポップを聞いているんだ。



澪が僕に構う理由が分からなかったけど、僕はその時間がなんとなく楽しかった。



ある雨の日、澪の顔が冴えなかった。

僕は臆病だから、どうしたの?とは聞けなかった。

ただ、澪に合うかもしれない本があるよと言って、その本を渡した。

澪は少し微笑んだ。

僕は安堵して、いつも通り、本を開いた。


ある雨の日、澪が泣きそうな顔で言った。


「私、引っ越すんだ。家の事情で」


僕はどうすること出来ず、黙って澪の顔を見つめた。


「そんなに見つめられたら、穴が空いちゃうよ」


震えた声で、無理に元気を出して言った。





そして、ついにその日が来た。


2人で手を合わせる。少し熱い体温を共有する。澪が笑う。


「私たちの感情が共有できたらいいのにね」


合わした手を指でぎゅっと掴む。

窓には五月雨が降っていた。図書室にシトシトと雨の音がする。

雨音の呼吸と、僕と澪の呼吸だけがそこにあった。


「私、今日引っ越すよ」


ふいに、澪が言った。前々から分かっていたことだったのに、針で突かれたように胸が痛んだ。


「この本、大切にするよ」


片手で掲げた本は、僕が澪にあげたある小説だった。

アンドロイドは電気羊の夢を見るか?

澪にぴったりの本だと思った。


「今まで、ありがとう」


普通に言ったつもりだったのに、やけにか細くなってしまった。そんな僕の言葉に澪は笑った。


「バイバイ」


手を離した。

澪が今、何を考えているのか知りたかった。きっと、僕には分からないんだろう。

澪が図書室を去っていくのを、ただ見ていた。



雨が降っていた。

僕はいつもの席に座って、本を開いた。

澪が残してくれたことを考えた。人との交わりのことを、それが時に歓喜に溢れていることを。一文一文、感情に触れるように小説のページを捲った。




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― 新着の感想 ―
 そこまで深い関係ではない。  それでも気になって仕方ない関係。  そんな相手との別れでもやはり辛く切ないもの。  何ができるわけでなくても、せめて思い出くらいは大事に抱えていたいですね。
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