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第五話

泣いて、泣いて、泣いて、気づいたら眠ってしまったらしく、目が覚めたら保健室にいた。見慣れてきた天井と既に仕事をしていた陽菜先生が視界に入り、無意識に息を吐く。痛む目元と喉に新鮮な心地を感じながら大きくため息を吐いた。

あー、やらかした。まさか、身も蓋もなく泣く羽目になるとは思わなかった。学園長先生には口止めしておかなければ。あの人は確かに信頼できる人であるだろうが、泣いたことをみんなの前でなんでもないことのように話してしまいそうなお茶目なデリカシーのなさを発揮しそうだ。

僕が起きたことに気づいた陽菜先生に、温かいお茶と目元を冷やすための手拭いをもらう。どうやら僕が泣いていたことは、陽菜先生に筒抜けのようだ。学園長先生が盛大に流布した結果じゃないといいけど。


「どうでしたか?学園長先生は」

「‥確かにお茶目な方でした。あと、強そう」

「あはは、確かに強いです!かっこいいだけじゃなくて、優しい方なんです。」


陽菜先生は、やっぱり恋する乙女みたいに学園長先生のことを話す。妖怪学園のことは全然知らないけど、学園長先生が慕われているのはなんとなくわかる。藤太郎君と石蔵君も学園長先生ならなんでも知ってると自信を持って話してくれた。それに、あの頭を撫でてくれた手の温もりはどうしようもないほどに涙腺を刺激された。頭を撫でられたくらいで、あんなに心が揺れるなんて思いもしなかった。


「はい、優しい方です。とっても。」


陽菜先生は僕の言葉を聞いて、長い冬を超えて初めて芽吹く花の蕾みたいに可憐に微笑んでみせた。


本日までの保健室朝ご飯をゆっくり味わった後陽菜先生と学園について話していると、保健室の入り口から入室の伺いを立てる男性の声が聞こえてきた。はちみつを溶かしたとまではいかずとも、甘く優しい声の男性(推定)に陽菜先生は声をひっくり返しながら了解の返事をすると引き戸は音も出さず開く。そこには黒の袴を身にまとう背の高い男性が腕に荷物を抱えながら、優し気な笑みと共に口を開いた。


「おはようございます。陽菜先生。新入生の制服を届けに来ました。」

「は、はい!あ、息吹さん、この方は一年生の担任の時雨尊臣(しぐれたかおみ)先生ですっ。」

「はい、ご紹介にあずかりました。私は、尊臣(たかおみ)です。尊臣先生と呼んでください。好きなものは、ちまき。好きな言葉は、清廉潔白です。」

「は、はあ。えっと、僕は、茅野息吹です。呼び方は好きに呼んでください。好きなものはおひたしで、好きな言葉は…、えっと、情けは人の為ならずです。」


よろしくお願いしますと膝を曲げ握手を交わすと、尊臣先生は不自然に一瞬止まったかと思うとなんでもなかったようににこりと笑って握手の手をほどいた。尊臣先生は僕の方を見てニコニコと擬音が背後に見えるほどの笑顔であった。少しの不気味さを感じなくはないが、わざわざ膝を曲げ視線を合わせて挨拶をするその様子に悪い人であるとは思えなかった。

尊臣先生は抱えていた制服を渡してくる。藤太郎君と石蔵君の着ていた制服だ。若葉色の明るい新芽を思わせる色をしており金の刺繍が少し見えている。2人の制服のように唐草模様を切り取ったような蔦の模様があるのだろう。

お礼を言いながら受け取り、着替えるように勧められる。保健室の端の仕切り板で区切られているところで着替えると、線香の匂いがふわりと香った。陽菜先生に着方を習っておいてよかった。萌葱色の袴の紐を縛ると、仕切り板から姿を見せて先生2人に見せる。


「よ、よく似合っていますね!息吹さん!」

「うん、上手く着れていますね。陽菜先生の言う通り、よく似合っています。」

「あ、ありがとうございます。」


何某かを話していたらしい2人は僕をみると、頬を緩ませて褒めてくれる。その様子にくすぐったさを感じながらお礼を言うと、遠くから鐘の音が聞こえてくる。昨日まで聞こえてこなかった音に驚く。


「おや、もうこんな時間ですか。では、教室の方に行きましょうか、息吹君。」

「は、はい。」

「緊張しなくて大丈夫ですよ。も、もし何かあったら、保健室に来てくださいね。頑張ってください、息吹さん!」


保健室から送り出され、尊臣先生に手を引かれながらついていく。13歳にもなって先生と手を繋いで歩くと言うことに恥ずかしさはあったが、尊臣先生が自然な流れで手を握ってきて疑問をぶつけるタイミングがなかった。なんて自然な子ども扱い。僕であっても、見逃しちゃったよ。

だが、それにしても僕に合わせて、遅くもなく早くもない速さで歩いてくれている。

マイペースでどこか掴めない雰囲気の先生ではあるが、悪い先生ではないのだと思う。少なくとも、この先生も学園長先生に認められ妖怪学園で教鞭をとる教師である。この時代に教員免許なんてものはないだろうが、人徳的な意味では優れたものを持つ人なのだろう。

尊臣先生について考えを巡らせていれば、頭上から潜めた笑い声が聞こえてきた。視線をあげれば尊臣先生は手をつないでいない左手で口元を覆いながら笑いを殺していた。いったい何に笑っているのかと怪訝な視線を向けていると尊臣先生はそんな視線に気づき何とか笑いを抑えようとして失敗していた。ツボのおかしな先生なのだろうか。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと、抑えきれなくて。」

「何がそんなに面白いんですか?」

「いえ、思い出し笑いと言いますか…。気にしないでください。」


この会話中にも笑いは抑えられていない。なんだか、僕が笑われている気がして少しばかり不愉快である。もう行きましょうと手を引くが、結局道が分からず先生を見つめることになり、先生は少し音量を上げて笑い出した。


棟を移動して、生徒たちの授業用の教室が並ぶ建物へ着いた。どうやら保健室は敷地の奥の方にあったらしく、今いる建物からは出口につながる門が見える。

保健室からの景色しか知らなかったが、この学園はもしかしたら僕が思っているよりも広そうだ。

尊臣先生は、辺りを伺う僕にまた後で君の同級生に校舎を案内させますねと微笑む。

この学園の先生たちは突然ここにきてお世話になっている僕にとても親切にしてくれる。この待遇が学園長が受け入れたからなのか、僕に恩を感じる故なのか、それとも僕が取るに足らない存在で気にするまでもないと言うことなのか。特別目立った行動をするつもりはないが、行動には気をつけなくてはいけない。

校舎の中に入り、一年生と書かれた木の板のかかる教室の前までたどり着く。奥には四年生の教室が見えるが、廊下は驚くほど静かで息が詰まる。


尊臣先生は特に合図もなく引き戸を開き、教室に入っていく。少しばかり驚きながら、激しくなる鼓動を抑えながら先生へついていく。そこには、机が2×2の4つ並んでおり廊下側の前後2つに藤太郎君と石蔵君が座っていた。2人は胸の辺りで小さく手を振っている。控えめに手を振りかえして、先生に促されるままに黒板を背に立つ。


「はい、2人は約束事を守れなかったので知っていると思いますが、新入生の茅野息吹君です。学園長から伺いましたところ、未だ自身の血がどんな妖怪のものかがわからないそうです。君たちに限ってそんなことはないと思いますが、そんなことは気にせず仲良くしてくださいね。」

「「はーい!」」

「はい、いいお返事です。じゃあ、息吹君は藤太郎君の隣の席に座ってください。では、授業を始めていきましょう。」





妖怪学園の授業は、僕の世界の算数の四則計算や国語の文法といったものから薬草学や妖怪学、人間学、体力づくりのための体育の授業があるらしい。編入という形であるためついていけるか心配だったが、尊臣先生も補修に付き合ってくれるらしいし藤太郎君と石蔵君も勉強に付き合ってくれるとのことだったので何とかなるはずだ。たぶん。

まずは、座学から頑張っていこうということで算数(名目は算術であった)の授業から始まったが、小学生までの内容を行っているようで何とかなった。だか、過去に転移してきたにしても室町時代あたりだと思っていた。確か算術と言われていたのは明治以降だった気がする。僕はいったいどこに来てしまっているのだろうか。

不安な気持ちが沸き上がってくる。

きっと、この時代の著名な人物の名前を聞けば答えは分かるだろう。しかし、この明確な答えを聞きたくない。聞いてしまえば、今自分の感じている嫌な予感が現実のものになってしまう気がする。


「どうしたの?」

「ううん、なんでもない。それよりも、授業が終わったら学園の案内をお願いしてもいい?」

「もちろんだよー。隅から隅まで冒険しよー!」


同じ若草色の袖を揺らしながら学園の中を探索する。

不安なことを考えてばかりでは気も滅入ってしまう。保健室に籠ってばかりでこの学園の全貌は全然つかめていないし、楽しめそうなことは楽しまないと!


「まずは、ここ!僕たちの教室がある校舎は一年生から四年生の全生徒の教室があるんだ。一年と四年が一階で、二年と三年は二階にあるよ!」

「一年生と四年生が一階なんだね。」

「先輩と一緒に授業する時にね、一年生は四年生の先輩と組むんだー。その関係みたいだよー。」

「ちなみに先生たちの教室もあるよ。使ってない教室も結構あるんだけど、授業後の遊び場につかえるよ!」


「次は校庭です!ここは、体育の授業のときとか授業が終わった後に遊んだりできるよ。」

「校庭の端にある木には低級の妖怪たちが住み着いてるから、下でお昼寝する時は気を付けてー。」

「結構広いね…。渡り廊下もあるのに全然気にならないくらい広いや。」


「ここは、武器倉庫!入っちゃ駄目って言われてるけど、いつか絶対入りたいんだ!」

「低級の妖怪たちが見張りしてるからね、見つからないように入る方法探さないとねー。」

「石蔵君の身体は隠すの大変そうだもんね。」


「次はかくれんぼの穴場!竹藪の訓練場!」

「次はからくり開発の校舎でーす。ここは真白先輩って人の専用部屋みたいな感じだよー。

勝手に入ったら、…すごく危ないよ。」

「で、次は___」


気づけば辺りは夕日でオレンジに染まり、食堂で夜ご飯を食べようということになった。


「ここの食堂は、学園のみんなで使うんだー。低級の妖怪たちが作ってるんだけど、おいしいよー」

「低級の妖怪たちってご飯が作れるの?確か、手足はないんじゃなかった?」

「普段はね。でも、食堂にからくりが置いてあるからそれに取り付いて料理するんだ。」

「へー、妖怪学園ってすごいな。」


食堂に行く道すがら、手ぬぐいで汗をぬぐう。汗をかいたので先にお風呂に入りたい気もするが、もうおなかがすいて仕方ない。それは皆同じなのかおなかを鳴らしながら足早に進む。食堂は、学園の生徒たちの住む寮の傍にあり、20人ほどが入れるくらいの広さだ。奥の台処にはさっき聞いたようにからくり人形がテキパキと料理をしている。

促されるままに定食の載ったおぼんをもらい、藤太郎君と石蔵君の3人でご飯を食べ始める。ご飯に、お味噌汁、おさかな、ほうれん草のおひたしだ。おいしい。

石蔵君の定食は僕たちの量の二倍はありそうだ。流石に多すぎる気がするけど、いつものことなのか2人は全く気にしてないようだ。

もうすぐ食べ終わりそうになったころ、食堂の扉が音を立てて開く。


「あ!藤太郎に石蔵じゃない!それと、…例の新入生君ですな!」

「おい、そんなに大きな声で話したら驚くだろう?」

「……。」


藍色に、深緑色に、黒色。

お揃いの深緑色の羽織を身にまとった男女は、嬉しそうな顔と困った顔と、何を考えているかわからないぼんやりとした顔の三者三様の顔をしていた。これがこの学園の二年生の先輩との初めての出会いである。


尊臣先生

イケメンな一年生担任。学園の中でこの人がなんの妖怪の血を持っているのかを知っているのは学園長先生ただ一人である。ミステリアスで、よく思い出し笑いをしているらしい。

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