第四話
藤太郎君と石蔵君が来てから1週間が経ち、ついに僕の怪我は見る影もなく完治した。それ以降、2人はこそこそと保健室へ訪れては学園のことについて教えてくれた。
ありがたかったが、部外者の自分がどこまで聞いていいことなのかがわからないという話をしたら、もし話してはならないことなら先生たちや学園の見張り役の低級妖怪たちが止めに来るはずとなぜか胸を張っていた。果たしてそれが安心に繋がるのかは疑問である。
ちなみに学園の見張り役の低級妖怪というのは、外で過ごすには弱すぎてすぐに消えてしまう低級妖怪を学園長が学園で雇用し生きていけるようにしているらしい。妖怪としての形も本来なら持つことのできないほどの低級らしいが、この学園では毛玉の形をとって仕事をしているとのことだ。学園のそこかしこにいるらしいが、陽菜先生を恐れて保健室には近づかないそうだ。その毛玉は、ハエか何かなのかな。
「息吹さん、身体の方は大丈夫ですか?」
「はい、陽菜先生。本当にありがとうございました。」
風呂場を借りて身を清めた後、借りた白の清潔な羽織と紺色の袴に身を包み、陽菜先生の診察を受ける。袴を着たのが初めてだと話をすると驚いていたが、深くは聞かずに着方を教えてくれた。学園では、親のいない子供も多いため、服の貸し出しも行っているのだそう。着ていた服は、破けてボロボロいなってしまっているので直せそうなら直してまた後日渡してくれるそうだ。自分がいたところに繋がるものなのでありがたかった。
「準備が出来たら学園長先生がお会いしたいそうなの。一緒に向かいましょうね。」
そしてついに学園長との対面を行うことになった。妖怪学園の学園長ということは、この学園のトップということだ。いったいどんな人なのだろうか。僕の滞在を許し、衣食住の保証をしてくれた人であるので、間違いなく僕の恩人である。
でも、妖怪学園という未だ実態の掴めない不思議な学園の長だ。藤太郎君と石蔵君曰く、この学園の創立者でもあり、妖怪たちの居場所を作ることを第一に考える人格者であるというが会うまでは気が抜けない。
陽菜先生について廊下を歩く。初めて保健室を出たが、多少時代を感じる建物は綺麗に保たれている。正確にいつの時代に来たかというのは分からないが、とても立派な建物であるということが伺える。
廊下の突き当たりを何回か曲がり、建物の奥の奥に進んでいく。自分が今どのあたりにいるのかというのが、全くわからない。
さらに進むと、「ああ、ここが学園長のお部屋だな。」と不思議と分かり足を止める。あの祠を見つけた時のような神聖さのようなものが、その部屋からも感じられた。無意識に息を止めてしまう。
陽菜先生が少し待っていて欲しいと先に部屋に入った後、胸の鼓動がより大きくなった。
一体どんな人だろう。怖い人だろうか。妖怪の学園のトップなのだから、僕なんて全然敵わないほど強い妖怪だということは想像がつく。しかし、妖怪の知識も対して無い自分には、これ以上わからずそれがさらに恐怖に繋がった。
ああ、帰りたい。
逃避的な考えをしていると、目の前の障子が幾ばくかの音を立てて開く。
「息吹さん、お待たせしました。どうぞ入っていください。」
「‥はい。」
畳の匂いが充満する空間には、入ってすぐにわかる大きな仏壇以外に対した物は置かれていなかった。学園長らしき人物もおらず、拍子抜けしてしまう。横にいる陽菜先生を伺うが、先生はため息を一つはいて苦笑しながらこちらを見た。
「ごめんなさい。少しお茶目な方なの。」
「お茶目?ですか?」
「おうい、陽菜先生。もっといい紹介があるだろう。かっこよくて頼りになる面白いことが大好きな学園長先生とかな!」
突然後ろから声がした。
息が止まるくらいびっくりして、タタラを踏んでしまったら、学園長らしき人は「すまんすまん」とあまり悪びれる様子はなく髪をかきながら謝った。陽菜先生はその様子に、驚くに決まっていると怒りながら僕を落ち着かせるために背を撫でる。心臓が口から出るかと思った。緊張していたのもあり、余計に驚いた余韻が残っている。
「いや、本当にすまなかった。緊張をほぐしてやろうと思ったんだがな。」
「よ、余計にびっくりしちゃいますよ。それより学園長先生、早く落ち着いてこれからの話をしてあげてください。私は保健室に戻りますからね。‥、ごめんなさい息吹さん。私は2人のお話は聞けないんです。」
「あ」とも「うん」とも言えず、撫でられた頭の感覚にもうまく反応できないまま陽菜先生を見送る。陽菜先生も一緒に話を聞いてくれると思っていたので、唖然としてしまう。
お願いだからひとりにしないで欲しい。
「さて、息吹と言ったか。座布団をひいたから座んなさい。」
「え、あ、はい。」
さっきまでひいてなかったのに。
急に現れた座布団に驚きつつ、誘われるままに腰を下ろす。音を立てて座る学園長先生は、豪快なお人らしいが笑顔で座ることを促す様子から想像してたような恐ろしさは感じられなかった。
座りつつそっと容姿を観察するが、妖怪らしさを満載に感じるものではない。黒い髪を後ろで結い、黒い瞳には力強さを感じる。筋肉質な身体は素人目にも強く逞しい人であることがわかる。だか、やはり目につくのはその額から生える角だ。これは、___
「‥おに?」
「っ、あはは!そうだな。俺は鬼だ。そして、この学園の長である。」
「え、あっ、すみません‥。」
気にしないとなお笑い続ける学園長に、肩をすぼめながら苦笑する。藤太郎君と石蔵君は、妖怪のあれそれを聞くのはマナー違反だと言っていた。なら、この行為は大変失礼なものだろう。懐の深い人でよかった。
豪快な人で、細かいことは気にせずに進めていく人なのかと思った。
しかし、ふと場の空気がピンとはったことで背筋が伸びる。冗談めかすような空気も、笑みも消し学園長先生は何もかも見透かすような視線で僕のことを見つめていた。
「お主が妖怪に縁のない生活であったことは聞いた。その能力も。‥だが、まだ話していないことがあるだろう。」
「‥はい。」
「別に話してないことを責めているわけではない。だがな、俺もこの学園の長として聞かなければならないことも多い。」
別に周りに吹聴することもしない。自分の中に留めておこう。そう続けた学園長先生は、まだ会って数分であるにも関わらず不思議と信頼できた。また、僕のキャパシティも限界だった。全く訳のわからない状況の今を、誰かに共有しておきたかった。藤太郎君と石蔵君には言えなかった。
彼らとの違いがせっかく築いた仲にどんな影響を与えるのかが恐ろしかったからだ。
一度深呼吸をすると、一つ一つ自分でもまだ理解できていないこの状況を話し始めた。
自分の力を使って少年を見つけたこと、妖怪の力だと思っていなかったこと、そしてこの時代に来る前の祠のことも、元の世界の友人たちのことが全く思い出せないことも。
「なるほど、祠の実物が消えてしまったということなら、帰る術の手がかりすらないということか。」
「はい、正直色々ありすぎて何が何だか。」
「うむ、しかしそのような祠について俺も何も知らん。手がかりはこちらでも探すが、こちらでも一度お主が現れたという場所をみてこよう。」
「ありがとうございます。手がかりのことも、あと手当のことも。」
「気にしないでよい。特に、手当のことはな。あの手当があったなお、まだこちらは恩を返しきれていない。」
まただ、確かに少年を助けこそしたがここまで恩を感じるほどだろうか。しかも両親ではなく、妖怪を代表するように学園長先生が恩を感じるというのも違和感が残る。
「あの、なんでそんなに学園長先生が恩を感じているのか不思議なんですけど‥。」
嫌な気はしないですけど。
「ああ、じつはな。天狗の里の子供が誘拐されるのはこれが初めてじゃない。これまで2回誘拐され、直近の誘拐では子供を助けようとした里の者が殺された。次の誘拐で何かあれば、彼らの怒りは抑えられるものではなかっただろう。それこそ、彼らの得意な風の力を使い、人の村々を襲い人を殺してまわることになると危惧していた。」
気づいたら、息が止まるほどその話を真剣に聞いていた。風に乗って聞こえてきた声に不穏な色を感じたのは確かだ。だが、このように一触触発な雰囲気が妖怪の世界に漂っていたとは。
学園長先生の様子からこの話が嘘ではないことがわかる。
もし、僕が少年の助けなければ。
もし、風の声が聞こえなければ。
もし、声を無視してベソをかいて動かなければ。
もし、もし、叔父の教えを無視していたら。
妖怪と人間の戦いの激化する恐ろしい世界で1人、死ぬまで逃げる日々を送っていくことになっていたかもしれない。
そこまで考えて、詰めていた息を震わせながらゆっくりと吐いた。自身の行動で、これからが決まったかもしれないというのはどうにも恐ろしい。
「息吹。お主は今、先もわからず不安ばかりだろう。だが、お主の功績に見合うこれからの待遇は俺が保証しよう。学園の一年生となり、妖怪のこと、自分のことを学ぶといい。そして、元の世界に帰る手がかりを探すのだ。」
正直混乱しかない。
これから先どうすればいいのかもわからない。学園長先生の提案は僕にとって都合の良すぎる提案に思えてならないが、頼りもない僕に選択肢はないだろう。
「はい、お願いします。」
「うむ、しかと承った。」
学園長先生と2人、下げた頭を上げるとほっと息を吐く。すると、学園長先生はカラカラと笑い頭を掻く。
「いやー、堅苦しいのは慣れん。そう言えば、お主は自分の血にどの妖怪の血が入っているのかわからんと聞いたが、」
こちらの緊張を感じ取ってなのか、何度か気を紛らわせるように笑ってくれる学園長先生に堅いながらも笑顔を返す。
「はい、この力が妖怪のものだって知らなかったです。」
「‥うむ、風や草木の声を聞く力か‥。俺の知ってる妖怪だと木霊の力に近い。卒業生に木霊の血を持つ奴がいた。この時代、この世界の奴であれば血筋を辿ることも難しくないのだが、それもお主の場合は難しい。力については、この学舎でゆっくり造詣を深めると良いだろう。」
「はい。ありがとうございます!」
それからいくつかの話をした。学園長先生はやはりお茶目な人らしく、この世界のことも面白おかしくいろいろと教えてくれた。僕も、元の世界のことについてこの世界と違うところや似ているところを話し、大いに盛り上がった。
そして、話もつき部屋でゆっくり休むといいと解散する流れとなった。
今日は部屋の用意もできていないということで、保健室で寝ることで話がまとまったため、学園長先生の部屋を出ようと腰を上げる。
だが、そんななか学園長先生は「あ」と今思い出したように声をあげた。
「そうだった。お主に言わなければならないことがあったわ。」
「言わなきゃ、いけないこと?ですか?」
「ああ、___怖かっただろう。よく耐えてくれた。お主はすごい奴じゃ。」
じんわりと涙が浮かんだ。
泣いたってどうにもならないことを知っていたから、泣くことだけは、少なくとも人前ではしたくなったのに。頭を撫でる手のひらが大きくて、あったかくて、抑えていた蓋が抵抗なく剥がされていくような感覚に襲われる。
喉の奥が閉まり、うまく言葉が出てこない。ぐすっと鼻を啜ると力が入り、涙が眼から溢れた。
一粒の涙が溢れると堰を切ったように、次々に溢れ鼻の奥が痛くなる。泣きたくない。泣いたってどうにもならないのに。どうにも、ならないのに。
「子供は我慢するもんじゃない!何もわからん、友人の顔を思い出してすがることすらできん!そんな状況に1人でよく耐えた!我慢は1人の時たーぷりしただろう。今は1人じゃないんだ。だから、泣いていい時なんだよ。そばに人がいる時は、よっかかってしまえばいい。2人で倒れてしまっても、2人ならすぐに起き上がれるだろうさ。」
血の繋がった叔父の前でも泣かなかったのに。
僕は慣れない涙を止める方法もわからないまま、頭にある温かさを感じてさらに涙が出てくる。目元を擦って痛さを感じるのに、心が満たされていくようなそんな心地がした。
学園長
博学で博愛の精神に溢れた人格者である。お茶目や、傍若無人、尊敬できるがめんどくさいなどの評価を受けるが、信頼できると皆が口をそろえて話すという。