第三話
目を覚ましたら全てが解決していました。なんてことはなく、寝る前よりもスッキリとした頭を手に入れただけだった。ちなみに友人たちのことは全く思い出せていない。
そういえば、どのくらい眠っていたとかの話は聞かなかったが、自分は果たしてどれだけこちらの保健室にご厄介になっていたんだろうか。恩人殿と感謝され好意的に迎えられたが、あまり迷惑をかけるのは好ましくない。
そして、また目が覚めたタイミングでも見計らっていたかのように扉が開いた。
「あぁ!よかった。 1度目を覚ました後、また熱が上がっちゃって心配してたのよ。体調はどう?」
「えっと、陽菜先生。大丈夫です。ありがとうございます。」
陽菜先生は変わらず、オドオドと頼りない態度であったが僕の体調を見る手際はさすが保健医なだけにテキパキと淀ない動きであった。
「うん、怪我もほとんど治ってるね。よかった。痛みを感じるところはある?」
「いえ、驚くほどに痛みがなくて。あの、僕どのくらい眠っていたんですか?」
「えっと、君がこの学園に来てから今日が6日目ね。」
そんなに眠っていたのか。陽菜先生曰く、1度目を覚ますのに3日、その後熱が上がって2日寝たきりであったらしい。
日数に驚いていると陽菜先生は薬のせいでもあることを教えてくれた。天狗の一族から貰ったどんな傷でも癒すとされる妙薬は、体力を代償に大抵の怪我を治すことができるレアな代物らしい。それを使用することでしか瀕死の僕を治す術がなかったため使用したが、体力も底をついていた僕に使って無事に目を覚ますかは正直賭けであったそうだ。本来は、その薬を使うことは最終手段であるということを聞けば、自分がいかに危ない状態だったのかが理解できた。まあ、そんな薬があるという事実の方が意味が分からなかったが、一つ一つに突っ込んでいたらいつまでたっても先に進めない気がする。
「あ、あと、自分が妖怪だっていうのもまだよくわかってなくて。」
「まあ、そうなの。それは幸せなことね。でも、大丈夫。学園長先生にお会いしたらきっと自分が何の妖怪の血が入っているのかわかるわ。」
「あの方はとても物知りな方だから。」と朗らかにけれど確かに尊敬を忍ばせて陽菜先生は言った。そんな陽菜先生の様子を見て、まるで恋する乙女のように感じられて、僕はその見た目から怖いと思っていた先生を可愛いとすら思っていたのだ。
陽菜先生はいくつかの薬を処方して、最後に僕の頭を一度優しく撫でると学園長先生に報告があるとカタカタと足音を鳴らして出ていった。さっきより少しテンションが高いのか、ちょっとスキップのような音の鳴り方だ。
やっぱり可愛いな陽菜先生。あんなに見た目は色っぽくて妖怪らしい先生なのに。
十分回復したのか、布団に横になったが全然眠気はやってこない。怪我を気にしてあまり動いていなかったのでちょっと身体も動かしたいな。でも、勝手に部屋を出るのも迷惑をかけるだろう。部屋で運動なんてもってのほかだ。
仕方ない、窓を少しだけ開けて外の空気を吸うだけにしておこう。
「うわ、関節がどこもギシギシいってる。」
動きづらい。これからリハビリもしていかないと、やってきて数時間で死にかける推定修羅の国ではやっていけないだろう。まずは無くなっているだろう体力を元に戻さないとすぐに死んでしまいそうだ。
何とか壁を支えに起き上がる。それだけで少し疲れを感じるのだから、これはリハビリを急ごうと思いながら窓の方に近づく。
窓もガラスじゃなくて障子紙だ。陽菜先生も羽織を着ていたし、吽矢さんも羽織に袴を履いていた。それに少年助ける時に襲ってきた男たちも和装で武器に刀を使っていた。
何となく気づいてはいたが、やはり僕がいるこの場所は僕がいた時代よりも文明の進んでいない過去の世界がベースとなっている可能性が高い。
いったいこれからどうしていけばいいのか、無意識に溢れてくるため息をとどめることなく吐き出すと、障子をガラリと開ける。
「「あ、」」
「え?」
一階だったらしい保健室から初めてみたものは、2人の同じ歳くらいの男の子たちだった。
時間は少し遡り、授業終わりの一年生の教室。2人の若草色の羽織を纏った少年はまだ近づいてはいけないと言われた同じ歳の少年のことが気になって仕方がなかった。
他の学年は3人以上いるのに自分たちの学年は2人しかいない。でも、もしかしたら3人になるかもしれないという可能性は、変わり映えのない毎日を送っていた2人にとって最高な可能性であった。
お友達はたくさんいた方が絶対楽しいに決まってる!先輩たちはちょっとクセ強くて遊んでもらうには気後れしちゃうんだよね!だよねー。
なんて話しながら、昨日は廊下から中の様子を伺ったことがバレて怒られたため、窓から見ればいいよねと外から保健室へ走り出す。もう既にやってしまったことのハードルは驚くほど低くなっていたのである。
一年生になったばかりの妖怪たちの暴走を止められる先生は、出張中だった。
そして、こそこそと様子を伺おうと部屋の側に着いた時タイミングを見計らうように開けようとしていた窓が開いたのである。
「で、君たちはこの学園の生徒なんだ。」
「そう!僕は花影藤太郎だよ。で、こっちの5尺6寸はありそうな大男が…」
「大岩石蔵でーす。大きいけど優しい男であると自負しております!仲良くしてねー。」
花影藤太郎と名乗った少年は、見えているのかわからないほど長い前髪を揺らしながら、ニコニコと嬉しそうに身体を揺らしている。もう1人、大岩石蔵と名乗った少年は、肩にかかるくらいの灰色の髪と大人と変わらない身長で高圧的に見えるが、話し方や雰囲気から朗らかな性格が窺える。
保健室に窓から入ってきた2人は、僕を知りたいというオーラを隠さずに前のめりで顔を近づけてくる。
「えっと、僕は茅野息吹です。今は怪我を治すために学園にお世話になってます。」
よろしくお願いしますと頭を下げると、2人もそれに倣うように慌てて礼儀正しく頭を下げる。そして、タイミングよく3人が頭をあげると目が合い、それが面白くてまたタイミングよくみんなで笑い出した。
「んふふ、なんだが初めてあった気がしないや。息吹くんって天狗の里の恩人ですごい人なのに、なんだが全然そんな感じしないや。」
「そうそう、なんだかぽわーとしてる感じ。近くにいると落ち着くよー。」
「ああ、あれね。でも、たいしたことないんだ。結局ボコボコにされてこの学園にお世話になってるんだしね。」
「そんなことないよ!阿門先輩も吽矢先輩もすごいやつだって褒めてたもん!天狗の里の恩人だって。」
尊敬を隠さず伝えてくれる藤太郎君に、なんだが恥ずかしい気持ちが出てくる。石蔵君も藤太郎君の考えに同意するように頷く。その様子がくすぐったくて、誤魔化すように頬を掻いた。
「ありがとう。こんなに褒められたことなくて、なんだが恥ずかしいや。」
「もっと誇っていいと思うけどなぁ。なんてったって天狗の里の恩人なんだから!」
「‥正直にいうと、あんまり状況が分かってないんだ。自分が妖怪かもしれないとか、それこそ妖怪が本当にいるんだって初めて知ったんだ。」
「「えぇ!?」」
2人は大袈裟なくらい盛大にひっくり返る。
「そんなに驚くこと?」
「それはそうだよ!だって妖怪学園は確かに隠されていて人間には見つけられないようになっているけど、それでも噂として知ってる人も多いんだ。」
「それに、おかしな力を使う人がいるってなると噂になるし、そうなると学園の先生が様子を見にいってその人について調べる。いくら表面的には見えない能力でも、幼いうちは能力をうまく使えずに暴走しちゃう子も多いから、大体10歳までには自分が妖怪の血を持っているって知るはずなのに。」
「妖怪の血を持っているって分かったら、周りの人間から何されるかわからないし」と言葉を続ける藤太郎君や石蔵君を観察する。2人も見た目的には妖怪には見えない。陽菜先生くらい見た目に現れてるとすぐわかるが、何か違いはあるのだろうか。けれど、身体的特徴についてズケズケと踏み込むことはできない。
「本当だったらあんまり聞いちゃいけないんだけどさ、息吹はどんな能力があるの?吽矢先輩もまだ聞いてないって教えてくれなくて。思い当たるものはあるんだろう?」
「うん‥、その」
ああ、なるほど、これはあんまり人に聞くものじゃないかも。
誰かに自分のおかしな力のことを話すというのは、どうしようもなく勇気がいることだ。昔、この子になら話してもいいかもと自分の力について話したことがあった。こんな風に話している声が聞こえる。あっちではこんなことが起きてるみたい。あっちの道の中に変な人がいるみたいだから気を付けないとね。
聞こえてくるものをすべて話した。
それが僕の大好きな人のためになると信じて。自分の力がそんなに特別なものだとも思ってなかった。黒い眼の色の人がいるのと同じように、青の人がいるくらいの違いだと思っていた。
甘かった。
幼い自分は自分の当たり前はみんなにとっても当たり前だと思っていたのだ。でも、そんなことなくて、次の日には僕と僕の家族は怪しい能力を持つことを自称するおかしな家族だと噂されることになった。少なくとも、僕の家族は能力もなかった所謂普通の人であったはずだ。それを僕が壊してしまった。僕の当たり前は、世間一般のおかしなことだったのだ。両親が新婚のころから住み慣れた土地を引っ越す羽目になったのは、確実に僕の性であった。
それから、誰かと違うことが怖かった。誰かにまぎれることがどうしようもなく心地よかった。
「息吹、僕はね、どんな攻撃でも防御できちゃう能力を持ってるんだ。僕は半妖で、ぬりかべの妖怪の血を受け継いでるらしいけど、この能力と身長くらいしか特徴的なことがないんだー。」
えへへと頬を搔きながら自己紹介の続きのように、なんでもないように話す石蔵君に肺が痛くなるような心地がした。優しい彼は先に自分のことを話して、話しやすくしてくれたのだろう。
「じゃあ僕も先に言うよ!僕は件の妖怪なんだ。未来を見ることが出来るんだけど、全然制御できなくて、今は視覚の情報を減らすことで見える未来も制限してるんだ。どうしても制御が難しいときは眼帯とかして何とかしてるんだよ。」
手を大きく上げて発表するように話した藤太郎君。あんまり聞いちゃいけないということは、聞かれたくない人や言いたくない人が多いのだろう。相手が自分の力をどんな風に思うのかを想像するだけで息が荒くなる。
けど、2人は自分たちも同じだからねと言ってくれているように感じた。自分も仲間だよと教えてくれた。
「うん、…うん。僕は風の声とか、風に乗った植物の声とかが聞こえてくるんだ。なんの妖怪かはまだ分からないけど、陽菜先生は学園長先生に聞けばわかるかもって。」
「へー!なんの妖怪の能力なんだろう。自然に関係する能力ならトア先輩も何か知ってるかも。」
「トア先輩?」
「4年生の先輩で、コロポックルの半妖だよー。小さい先輩なんだけど、諜報能力なら学園一の優秀な先輩なんだ。いつ雨が降るのかとかもわかるらしいよー。」
「まあ、石蔵君にしてみればみんな小さい先輩になっちゃうけどね。」
「あはは、確かに!」
2人と話していると心地がいい。自分が他者と同じ存在であるということが安心できる。この空間には、元の世界であった疎外感というものが全くなかった。それがどうしようもなく嬉しくて、安心できた。
なぜか思い出すことのできない大事な大事な友人たちがいたことを思い出して、また、泣きそうになった。
花影藤太郎
自身の前髪で目元を隠して一見陰鬱な印象を受けるが、優しく学園のムードメーカーとして空気を読むことが得意な男の子。光が強い場所が苦手で学園の外では眼帯をすることもある。
大岩石蔵
大きい。とにかく大きい男である。背も大きければ、懐の大きく深い。
おおよそ13歳が手に入れることのできるおおらかさではない。
ものづくりが得意で、大きな手で器用に工作を行う。