まさか怒鳴られるなんて
「お待たせ〜」
軽やかな足取りでツナギは2人の部屋に戻った。手にしていたのは小さな小箱。両手で包めば隠れてしまうくらいの大きさ。
仄かに赤みがかったグレー色。高級な貴族ねずみの皮を使用しているそれはずっと触っていたくなる手触り。
それをテーブルの上に置き、蓋を開けながら2人の側へと寄せた。確認せずとも、中身が何であるかは明白。
1組の指輪。
小さな宝石はこれ以上ない透明感と美しいカッティングが施されている。ミスリルメタル素材のリングは、たとえこのマグニフィザンテ大陸が朽ち果てようともという意味があるらしい。
シンプルが故に、送り主の気持ちが十分に伝わる1品に仕上がっていた。
感激して言葉を失うカイウスとイザベラ。2人の表情を見比べながら、ツナギはこれを託された夜のことを思い出す。
「あれは10歳になったばかり頃だった。今よりも少し早い遅冬の時期。夜寝ていると、窓に何かがコンコンと当たる音に気付いて目を覚ましたんだ。
森を抜けた風が窓枠を揺らしたか、庭に入り込んだ魔獣が小石が木の実を蹴飛ばしたせいか。俺はそう結論付けてまた寝ることにしたその日は帰りも遅く、ひどく疲れていたから。
そんなことが3日も続いた時、それまでで1番の物音を立てられたから、いい加減にしろ!という気持ちでカーテンを開いたんだ。すると⋯⋯」
「1日目で出ろや、コラ!!」
「霊術ナメんな!タダじゃねえんだよ!」
「真夜中に不法侵入してきたおっかない2人にそう怒鳴られてしまったんだ」
「その時はガチんちょだったし、月明かりの中ぼんやりとした姿でした見えなかったけど。改めて考えたら、あれは母上と父上。アナスタシアとセードリアンのおふたりだったんだろうね。
その時に渡されたのがその指輪が入っていた小箱さ。時が来たら渡すようにと。僅かな時間しか、現世に干渉出来なかったんだろう。すぐに2人の姿は見えなくなってしまったよ」
「坊ちゃま。それは本当に10歳になったばかりの頃の確かなお話ですか?お寝ぼけなさっていたりしたんじゃ⋯⋯」
イザベラはずいっと身を乗り出すようにしてそう訊ねた。
「俺もそう考えた時もあったよ。でもあの日は、パミラの町でのマジフトの招待試合遠征帰りだったからね。あの崩落事故があった。だから妙に覚えているよ」
「そうでしたか。あの時の⋯⋯申し訳ございません」
イザベラは余計は事を口走ってしまったとすぐに後悔した。
「母上も父上も。ずっと面倒を見ていたあなた達のことが気がかりだったんだろう。魔王サイズのベッドの上でくんずほぐれずだったとはいえ。
2人の弟分である俺からすれば、兄さん姉さんには感謝しかないし、幸せになって欲しいと思っている。指輪と一緒にうちの両親から渡されたものだ。わりと豪華な新婚旅行が出来そうだね」
ツナギはそう言った。およそ7年前に、王子生誕記念で作られた純金製の記念コインを2人に。これ以上ない笑顔で手渡しながら。