第二章 赤い女
その日の朝、少年は腕時計の針を気にしながら、いつもの通学路を足早に歩いていた。時刻は八時二十分。学校開始までギリギリの時間だ。
昨日の夜中まで家でDVDを見ていた少年は、今朝珍しく寝坊した。そのDVDのタイトルは『人体解剖』。本物の死体を使って解剖を行い、人間を極限まで細切れにしていくと言う内容のものだった。
歩道橋を渡り、交差点を左に曲がった所で、少年は再度時計を確認する。時刻は八時二十五分。少年はフゥと溜息をつくと歩く速度を遅めた。ここまで来ればもう大丈夫、ギリギリだがどうやら間に合いそうだ。
その時、少年の目に前から歩いてくる一人の女の姿が映った。
まるで夢遊病者のようにヨタヨタと歩くその女は、明らかに様子がおかしかった。垂れ下がった前髪でその顔は見えないが、ボロボロの破けた赤い服を身に纏い、靴も履かずに素足で歩いている。一瞬浮浪者かとも思われたが、それはすぐに違う事が分かった。よく見ると、頭が半分潰れていて脳みそが丸見えになっており、赤いと思われた服もそれは元々の服の色では無く、女の血で染まったものだった。
少年はチラリと女を見た。そして、すぐにしまったと後悔した。その女と目が合ってしまったのだ。
「ねぇ、あなた私が見えるんでしょ?」
その横を少年が無言で通り過ぎようとした時、うすら笑いを浮かべながら女が話しかけてきた。少年は聞こえなかったふりをしてそのまま歩き続ける。
「ねぇ、私の事見えてるんでしょ?」
女は通り過ぎようとする少年の目の前に顔を突き出した。真っ赤な血に染まった、原型を留めていないグロテスクな顔が露になる。だが、少年は無視してそのままその顔ごと女の体をすり抜けた。
「見えているのに酷いじゃない! 私の話を聞いてよ! 私を助けてよ!」
女は、無視して先に行こうとする少年の背中に向かって悲痛な声で叫んだ。
少年はふぅと溜息をつくと、やっとその足を止め、面倒臭そうにゆっくりと振り返った。
「悪いけど、僕はそういった慈善活動は行ってないんだ。他を当たってくれないかな?」
感情の無い、乾いた瞳で少年は女を見つめる。
その目を見た時、女は自分が少年にとってまるで興味の無い、その辺の虫けらと変わらない存在である事を悟った。女はそれ以上何も言えなくなり俯いた。
少年は再度腕時計を確認すると、眉をひそめ足早にその場を後にした。