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少年A  作者: 優斗
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Chapter 6

 鏡の外枠だけを残し、その背後の壁に塗りこまれ絶命した鈴木の姿を見て、増岡は満足そうに頷くと、ゆっくりと振り返った。

「ねぇ。そこに誰かいるんでしょ? 隠れてないで出てきたらどう?」

 階段の影で一部始終を見ていた内田は、ビクッと体を震わせ少年を見つめた。

「ばれてた……」

「仕方ない」

 ややあって、少年が階段の影から姿を現した。少年の姿を見た増岡は驚いた顔を見せた。

「先輩じゃないですか。こんな所で会うなんて奇遇ですね」

 少年は気まずそうに鼻の頭を指先で掻くと、視線を増岡から逸らした。

「ずいぶんと面白いものを見せてもらったよ。感想はまた明日にでも」

 そう言って、少年は増岡の前を何事も無かったかのように通り過ぎようとした。だが、その肩を白い手が掴んだ。

「このまま黙って帰すとでも?」

 少年は、面倒臭そうに溜息を吐くと、増岡に向き直った。

「増岡さん、僕はこの事件を興味本位で調べていただけで、この事を他人に言うつもりも無いし、君と関わり合うつもりもない。黙ってこのまま帰してもらえないかな?」

 そう言いながら、少年は上着のボタンを外し始める。

 増岡はクスリと妖しい笑みを浮かべ、獲物を狙う猛禽類のような目で少年を見つめた。

「私も、無関係な人間を巻き込むつもりなんて無かったわ。でも、先輩は知りすぎた。悪いけど、生かして帰す事は出来ないわね」

「交渉決裂だな」

 少年がそう言うと同時に、増岡の体から無数の白い手が飛び出してきた。少年は上着を脱ぎ捨てその手から逃れると、距離を取って離れた。

「どうするつもりなの?」

 少年の元へ内田が駆け寄ってきた。

「僕が注意を引き付けている間に、君は彼女からあれを奪い取って欲しいんだ」

 そう言って、少年は増岡の首からぶら下がっているペンダントを指差した。

「あれが、あの白い手を操っている道具に違いない」

 少年の言葉に、内田は驚きの表情を見せた。

「ちょ、さらっととんでも無い事言わないでよ!」

「大丈夫、君なら出来るさ」

「何をコソコソしているんですか、先輩!」

 増岡が叫ぶと同時に、再び少年の元に白い手が襲いかかってきた。内田は慌ててその場を離れ、少年はさらに距離を取る。白い手はそれ以上襲ってはこなかった。どうやら、増岡の体からはあまり離れる事ができないようだ。

「ったく……。か弱い乙女に、なんて事をやらせるのかしら」

 内田は再び階段の影に身を潜めた。少年は階段を上り、増岡を呼び寄せようとしている。恐らくこのままこの場をやり過ごし、増岡が二階にあがった所で内田に背後から彼女のペンダントを奪わせる作戦なのだろう。

 一方増岡は、着かず離れず一定の距離を保ちながら移動する少年の動きに、彼が何かを企んでいる事に気付いていた。だが、自分の絶対的優位を信じきっているのか、増岡は少年の誘いにあえて乗り、二階へと続く階段を上り始めた。

「先輩、何を企んでいるのか知りませんが、逃げても無駄ですよ。諦めて大人しく私に殺されて下さいよ」

 ギシギシと木造の階段を軋ませながら、ゆっくりと増岡が上ってくる。少年は、増岡の姿を捉えながら一定の距離を保ちつつ少しずつ階段を上っていく。だがその時、突然少年の足元の板が割れ、彼の片足が突き抜けた。

「策士策に溺れるとは、まさにこの事ね」

 その隙を逃さず、増岡は素早く白い手を繰り出すと、身動きが取れなくなった少年の体を捕らえた。そして、ゆっくりと少年の元へ歩み寄る。

「興味本位なんかで、この事件に首を突っ込むからこんな事になるんですよ、先輩」

 冷たい眼差しで、増岡は少年を見つめる。

 観念したのか、少年はフゥと溜息をついた。

「一つ聞きたい事があるんだ」

「なんですか、先輩」

「君は、それを何処で手に入れたんだい?」

 少年は増岡の首からぶら下がっているペンダントを指差した。

「それが、この無数の手を操っているんだろ?」

 少年の言葉に、増岡は感心した表情を見せた。

「良く気がつきましたね。でも、そんな事を知ってどうするんですか? これからあなたは死ぬというのに」

「冥土の土産に聞きたくてね。僕ってホラ、好奇心旺盛な人間だからさ」

 そう言って少年は、増岡に向かってパチリとウィンクをした。

 こんな状態でも余裕を見せる少年に、増岡はクスリと微笑む。

「先輩のイメージ変わりました。もっとスカしただけの、いけ好かない男かと思っていたけど、案外ユーモアがあるのね。違う形で知り合えたら、もしかしたら仲良くなれたかも知れないのに、本当に残念だわ。いいわ、最後に教えてあげる。これは、ある人にもらったのよ」

「もらった?」

 増岡は、首からぶら下げているペンダントにそっと触れた。

「美香の自殺を知ったあの日、私はあの四人への復讐を考えた。だけど、普通のやり方では、一人や二人なら殺す事は出来ても、全員を殺す前に警察に捕まってしまう。そう悩んでいた時よ、彼が私の前に現れたのは」

 増岡は思いを馳せるように虚空を見つめた。

「彼は、私にこれを渡し言ったわ。『これは、霊を操る事が出来るペンダント。これを使って君の復讐を遂げるといい』と。直接私が手を下さず、霊が彼らを殺せば、警察は証拠を掴む事もできない。私は、この力を使って次々と美香の無念を晴らしてきた。そして、今日やっと全ての復讐を終える事ができたの。後は先輩、あなたを始末するだけ」

 そう言って増岡が再びペンダントに触れようとした時、その手が空を切った。首元に目をやると、いつもあるはずの場所にペンダントが無い。

「これが、そのペンダントか」

 少年の声に増岡は慌てて振り向く。そして驚いた。何故なら、さっきまで自分の首にかけていたハズのペンダントが、少年の手に握られていたからだ。

 少年はペンダントを見つめる。ペンダントには、人間の眼球をモチーフにした水晶があしらってあった。見る角度で様々な色に変化するその水晶は、妖しくも美しい光を放っていた。

「全く、こんな事は二度とごめんだからね」

「ご苦労様」

 床から足を引き抜き二階まで上った少年は、隣で疲れた表情を浮かべる内田に労いの言葉をかけた。

「ど、どうして? いつの間に?」

 驚いた表情で、増岡が少年に向かって叫ぶ。

 少年は増岡を見据えると、口元に笑みを浮かべ目の前にスッとペンダントを差し出した。その行動に、増岡はヨロヨロと歩み寄ると反射的に手を出しペンダントを受け取ろうした。だが、増岡が受け取ろうとする直前で、少年はそのペンダントを床に落とすと、思いっきり踏み潰してしまった。

「な、何て事をするの! そんな事をしたら!」

 少年の行動に、増岡は驚き叫んだ。そして、それと同時に少年を捉えていた白い手がふっと離れ、今度は増岡に向かって一斉に襲い掛かってきた。

「きゃあああ!!」

 叫ぶ増岡の体を白い手が次々と捕らえていく。

「一体、どうなっているの?」

 突然増岡を襲い始めた白い手の行動に、内田は驚いた表情で少年に尋ねる。

「これは、霊を操る事が出来るタリスマンなんだ」

 足元で砕けた水晶に視線を落としながら、少年が答える。

「タリスマン?」

 全く理解していない内田に、少年は面倒臭そうに溜息をついた。

「詳しい事は後でネットで調べてみなよ。とにかく、このタリスマンには強力な霊力が宿っていて霊を操る事が出来る。だが、霊たちにだって心があるんだ。どうやら、無理やり人殺しに加担させられた霊たちは、相当怒っていたみたいだね……」

「ふーん」

 少年は、口元を歪め不気味な笑みを浮かべた。

「さぁ、楽しいショーの再開だ」

 白い手に襲われている増岡を少年は楽しそうに見つめている。その目には狂気が宿り、爛々と赤く輝いていた。

「助けて! 先輩、助けて!」

 増岡は、泣きながら少年に向かって必死に懇願した。

 だが、少年はおどけたように肩をすくませると、残念そうに首を横に振った。

「無理だよ。僕は霊を操る力なんて持っていないんだ。君は諦めて大人しく霊たちに殺されなよ。大丈夫、魂は拾ってあげるからさ」

 そう冷たく言い放った少年の言葉に、増岡は絶望を感じ目の前が真っ暗になった。

 そんな増岡の体を白い手が次々と掴み、体の肉が引き千切れんばかりに強く掴む。そして、それはそのまま現実となった。捕まれた箇所が服ごと引き千切られたのだ。

「ぎゃああああああっ!!」

 体中から血を噴出し、増岡は階段から足を滑らせた。そのまま一階まで転がり落ち、床に倒れた増岡の首はあらぬ方向へと曲がっていた。彼女が死んでいるのは明らかだった。だが、それでも飽き足りないのか、白い手達は増岡の死体へ群がると、その体を執拗に引き裂き始めた。手足や内臓が四方八方に飛び散り、一方的な解体作業が続く。そして、最後に増岡の首がゴロリと転がった。その目には、赤い血の涙が浮かんでいた。

 その前に一人の少女が佇んだ。それは、今野美香だった。

 今野は増岡の首を拾い上げると、愛しそうにそれを抱きしめ、そして何処かへと去っていった。後には、静寂と少年だけが残された。

 少年は、ゆっくりとした足取りで増岡の残骸に歩み寄り、ポツリと呟いた。

「約束通り、魂は拾ってあげるよ」

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