Chapter 3
次の日。
学校にやってきた美穂は、教室の入り口で中をキョロキョロと見渡した。だが、目的である少年の姿はどこにも見当たらない。美穂はホッと胸を撫で下ろした。
「誰を探しているの」
ふいに後ろから声をかけられ、美穂は心臓が飛び出しそうなくらい驚いた。慌てて振り向くと、そこにあの少年がいた。
少年は薄い笑みをたたえ美穂を見つめている。どこまでも深いその黒い瞳に、美穂はまるで底無し沼に引きずり込まれるような錯覚を覚えた。
「な、なんでもないわ」
美穂はそう言うと、自分の動揺を悟られないよう、すぐにその場を離れ自分の席についた。少年は美穂の横を通り過ぎ、一番後ろの自分の席に何事もなかったように座る。
彼が私の家族を殺した、あの犯人なのだろうか。
美穂は授業中の間ずっとその事を考えていた。
今思えば、あのフルフェイスの男と少年の背丈や体つきは近かったような気がする。それに声質も若い感じがしたし、何よりも私の名前を知っていたと言う事は、犯人は身近にいる存在だと言う事だ。
一度そう思いこむと、もう犯人は少年以外ありえない気がしてきた。
振り向く事はできないが、先程から射抜くような少年の視線を背中に感じる。
彼は、一体何を考えているのだろう? 何故、あの時先生の家までやって来ていたの?私を殺すため? それとも……。
ゴクリと唾を飲み込んだ美穂は、ガタガタと震える手を押さえ、この事を信一に相談しようと心に決めた。
昨日の時点では、まだ少年が犯人だと決まった訳ではなかったし、何より信一を巻き込む事になるのが怖かった。だが、もし少年の狙いが自分では無く、信一だとしたら?
犯人は私の家族を皆殺しにし、私だけを生き残らせた。もし犯人の目的が、私を殺す事ではなく、私の身近な人間を殺す事だとしたら?
心臓がバクバクと高鳴る。焦る気持ちを抑え、美穂は黒板の上にある時計を見つめた。
落ち着いて、落ち着くのよ。放課後になったら、この事を先生に知らせるの。そう、先生を守るためにも……。
帰りのホームルームが終わり、教室を出ようとする信一に美穂は駆け寄った。
「先生。ちょっといいですか」
その声は、美穂の後方から聞こえた。驚いた美穂は体を強張らせゆっくりと振り向く。そこには、あの少年が居た。
「どうした?」
何も知らない信一は、めったに自分に話しかけてこない少年の行動に、戸惑いながらも少し嬉しそうな表情を浮かべた。
「少し、話したい事があるんだ」
その言葉に、美穂はギクリとした。
やはり、先生を殺すつもりじゃ……。
「なんだ。君が先生に話だなんて珍しいな。一体どんな話だ?」
「ここではちょっと……。良ければ放課後に、進路相談室で聞いてもらえないかな?」
信一は頷くと、そのまま教室を出て行った。
そのまま微動だにせず、信一が出て行った扉を見つめる少年。美穂は、怯えた表情を浮かべながら、恐る恐る少年に話しかけた。
「あなた、先生をどうするつもりなの?」
少年はゆっくりと美穂に向かって振り向くと、ニィと口を裂けんばかりに広げ、不気味な笑みを浮かべた。
「君は知っているかい? もうすぐ先生の誕生日なんだよ」
誕生日。その言葉に、美穂はビクッと体を振るわせた。
「だから僕、先生のために誕生日プレゼントを用意したんだ。本当は昨日、渡すつもりだったんだけど、タイミングを逃してしまってね」
そう言って少年は美穂を見つめる。
きっと昨日、私が先生と一緒に居た時の事を言っているのだろう。
その時、自分を見つめる少年の瞳を見た美穂はビクッと体を振るわせた。一瞬だが、彼の目がまるで悪魔の目のように赤く光って見えたのだ。驚いた美穂は、瞬きをしてもう一度少年の瞳を見た。だが彼の目は赤く光っておらず、元の深い底無し沼のような黒い瞳に戻っていた。
見間違いだったんだろうか?
腑に落ちない美穂は、怯えながらも少年の目を食い入るように見つめる。そんな彼女の横を通り過ぎ、少年は教室から出て行こうとした。慌てて美穂は、彼の背中に向かって叫んだ。
「お願い、先生には手を出さないで! これ以上、私の大事な人を奪わないで!」
美穂の言葉に、振り向いた少年は一瞬きょとんとした表情を見せた。だが、すぐに笑いをこらえるように口元に手をやると、目を細めて美穂をみつめた。
「君も後から来るといいよ。面白いものが見れるハズだからさ」
そう言い残して少年は教室から出て行く。
しばらくの間、呆然と立ち尽くしていた美穂だが、ハッとするとすぐに少年の後を追って教室を出た。だが、すでに外の廊下には少年の姿はどこにもなかった。
先生が……、先生が殺されちゃう!
廊下を駆け出し、美穂は進路相談室へと向かった。