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少年A  作者: 優斗
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Chapter 1

 幸せを絵に描いたような家族が、突然訪れた殺人鬼によって惨殺される。他に類を見ない残酷で恐ろしいこの事件は、すぐにマスコミの格好のエサとなり、入院していた美穂の元へ報道記者たちが殺到した。

 犯人の特徴は?

 何か恨まれるような事は?

 犯人は何故、彼女だけを生き残らせたのか?

 瞬く間にこの事件は、TVのニュースやワイドショーを通じて日本全国に知れ渡った。連日連夜、どのTVチャンネルをつけても、まるでお祭り騒ぎのようにこの事件は取り上げられ、あらゆる憶測や噂が飛び交った。中には、家族を殺したのは実は彼女自身ではないかと言う非常識な話までもが生まれた。

 だが、確かに話題性の強い事件ではあるが、この事件がここまで大きく取り上げられるようになったのは、他に二つの理由があった。一つは、半年ほど前に起きたあの事件以来、この国を震撼させるような事件が無かったと言うこと。もう一つは、生き残った美穂の容姿が人並み外れて美しかったことだ。事件に飢えていたマスコミは、家族を皆殺しにされた彼女を悲劇のヒロインとして扱い、さらに話題性を膨らませていった。

 毎日のように続く警察の事情徴収に、寝る暇も与えないほどのマスコミの無慈悲な報道攻めと、美穂の精神状態はボロボロだった。だが、そんな美穂がなんとか正気を保つ事が出来たのは、彼女を支える信一と言う存在があったからだ。

 信一、日下部信一は、今年の春に美穂が通う高校の教師に着任し、彼女のクラスの担任となった新米教師である。

 いきなり天涯孤独の身となった美穂を、他の親戚たちはマスコミに注目されるのを嫌い、誰一人として引き取ろうとしなかった。そんな彼女の一時的な身元引受人となったのが信一だった。

 美穂は、信一に対し特別な感情は持ち合わせてはいなかった。今年の春に着任した彼は、熱血新米教師を絵に描いたような性格で、何かとクラスメイトたちと関わりを持ちたがろうとしていた。どちらかと言えば、他人とあまり関わりを持つのが苦手だった美穂は、暑苦しい教師の信一を煙たがっていた。だが、今回の事件で誰からも助けてくれなかった美穂を唯一助けてくれたのは信一だけだった。

 病院を退院した後、行く宛の無い美穂は信一の住むマンションに身を寄せた。

 一緒に暮らしていくうちに、美穂は生活面でも精神面でも自分を助け、何かと気遣ってくれる優しい信一の事を知らず知らずのうちに頼りにするようになっていた。家族を殺され、一人きりとなってしまった美穂には、もう信一しかいなかったのだ。

 そして、事件が起きてから二週間経ったある日の事。

 マスコミに囲まれた慌しい家族の葬儀も終わり、美穂は久しぶりに学校に行く事を決めた。ずっと部屋に閉じこもっているのもいい加減つらいし、それにこの間の葬儀以来クラスメイトに会っていなかった美穂は、久しぶりに友人の顔が見たくなっていた。

 二週間ぶりに部屋から出た美穂は、新鮮な外の空気を思いっきり吸い込んだ。ひんやりと冷えた朝の空気が体全体に染み渡り気持ちがいい。

 周りを見渡すと、この間まであれほどいたマスコミの姿はもう無く、辺りは早朝の静けさに包まれていた。人の噂も四十五日。まだ二週間しか経っていないが、きっとこの話題には飽きてしまったんだろう。そう勝手に解釈した美穂は、そのまま学校へと向かった。

 だが、学校についた美穂は、すぐにある違和感に気がついた。すれ違う生徒達は、誰一人として、私と目を合わせようとしないのだ。

 ……私と関わりあうのが嫌で無視しているんだな。

 その時、言いようの無い孤独感と寂しさが突然美穂を襲った。まるで、この世に自分だけが取り残されたような錯覚を覚え、美穂の瞳が思わず潤む。

 美穂は上を向くと、ぎゅっと拳を握り締め涙を堪えた。

 きっと自分のクラスメイト達は違う。彼らなら前と変わらない態度で接してくれるに違いない。

 そう信じて美穂は教室へと向かった。

「みんな、おはよう!」

 余計な気遣いをされないよう教室に入るやいなや、美穂はクラス全体に響き渡るような明るい大きな声で挨拶をした。だが、久しぶりの再会だと言うのに、誰も美穂の事を見ようともしない。

「おはよう、綾香、恵!」

 無理に作った笑顔で、美穂は手を振りながら親しい友人に駆け寄り話しかけた。だが、やはり答えてくれる者はいなかった。みな他の生徒と一緒で、美穂を無視するばかりだ。

 力なく自分の席に着いた美穂は、重く沈んだ表情で項垂れると深い溜息を吐いた。

 ……来るんじゃなかった。

 遠くでクラスメイトたちの楽しそうな話し声が聞こえてくる。だが、その話題に自分は入る事ができない。誰も自分を気にかけようともしない。もうここに自分の居場所は無いのだ。

 それは葬儀の時にすでに分かっていた事じゃないか。よそよそしいクラスメイト、上辺だけの悔やみの言葉。あの時、明らかに自分の持つ空気が周りと違う事には、気がついていたはずだ。それなのに、自分は何を求めてここに来たのだろう。家族を殺されたあの日から、自分は一人ぼっちなのに。

 視界が涙で霞み、ポタポタと雫が机にこぼれ落ちる。

 その時、スッと美穂の目の前にハンカチが差し出された。

 見上げると、いつの間にか目の前に一人の男子生徒が佇んでいた。

 優しげな微笑を浮かべるその生徒に,美穂は見覚えがあった。確かクラスメイトの男子だ。だが、喉のそこまで出掛かっているのに、名前が思い出せない。

「これ使いなよ」

「あ……、ありがとう……」

 まるで魔法にかかったように、美穂は言われるがまま少年からハンカチを受け取った。

 青い布地のハンカチで涙を拭きながら、美穂は去っていく少年の背中を見つめる。

 確か彼は葬儀にも来てくれていた。なのに、自分は名前を忘れてしまっている。なんて私は失礼な奴なんだろう。これでは、クラスメイトたちが自分を無視するのも仕方ないかもしれない。

 ふと見ると、担任である信一が教壇に立ってこちらを見つめていた。どうやら、すでにホームルームが始まっていたらしい。慌てて美穂は前に向き直った。

 彼の名前、なんだっけ……。

 その後の授業の内容は、ほとんど覚えていない。美穂は、少年の名前をずーっと思い出そうと考えていた。そして、授業が終わる直前に、美穂はやっと少年の名前を思い出した。

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