Chapter 7
そして今、少年は外に出る出口を求め階段を駆け下りていた。
非常階段の前で見かけた女は、岩澤と出会った部屋で殺されていた女とは違う服装をしていた。恐らく、他にも岩澤に殺された人間がこのビル内を徘徊しているに違いない。
そう思っていた矢先、五階から四階へと降りようとした所で、下から獣のような唸り声と荒い息遣いが聞こえてきた。見ると、階段をゆっくりと登ってくる複数の集団が見える。そいつらには、全員顔の皮が無かった。
少年は、方向転換し五階へと戻る。
「どうしたの?」
「奴らが下に居る。別の道を探そう」
内田にそう告げ、五階まで戻った少年は通路をひた走る。
途中、窓を割ってここから飛び降りようとも考えたが、流石に五階から飛び降りるのは危険な賭けだ。他の脱出方法を考えるしか無い。
「ねぇ、ちょっと待って」
走っている途中、内田が少年を呼び止めた。
「凄い血が出ている……」
見ると服の上からでも分かるくらい、少年の右腕は真っ赤な血で染まっていた。廊下には、少年の流れ落ちた血が足跡のように続いている。
内田は、ポケットから取り出した青いハンカチを少年の右腕に巻きつけた。
「とりあえず応急処置しか出来ないけど……」
「これは……」
少年は、手に巻きつけられたハンカチをジッと凝視した。
何の変哲も無いハンカチを物珍しそうに見つめる少年に、内田が首をかしげた。
「このハンカチがどうかした?」
「……いや、なんでもない」
「王子さまあ。何処にいるんだぁい」
その時、遠くから岩澤の呼ぶ声が聞こえてきた。少年は背後を振り返る。岩澤の姿はまだ見えないが、すぐそこまで追って来ているようだ。
少年と内田は、お互いに顔を見合わせ先へと急いだ。だが、その先は行き止まりだった。
「マズイわね。行き止まりだわ……」
内田が不安そうな表情を浮かべる。
「どうする? 観念して、ここで奴とやりあう?」
少年は静かに首を横に振った。その選択肢は彼の中には無かった。
少年は、すぐ側にある部屋の扉を開いた。そこは、かつてオフィスがあった場所らしく、業務用の机やロッカーが放置されていた。
少年は一番奥のロッカーの前まで行くと、扉を開き内田をそこに押し入れた。
「君は、ここに隠れているんだ」
「あなたはどうするの?」
「奴を食い止める」
少年の言葉に、内田は驚きの表情を見せた。
「そんな、一人でなんて危険……」
内田が言い終わる前に少年はロッカーの扉を閉めた。内田は、すぐに開けようとするが無駄だった。ロッカーは中からは開かない作りになっていた。ガンガンと扉を叩く音が部屋に響き渡る。
「静かにするんだ」
「で、でも……」
「君を危険な目に合わせたく無いんだ」
少年の言葉に、内田は何も言えなくなった。
暫くの沈黙の後、一人きりのロッカーの中で、目に涙を溜めながら内田はコクリと頷く。
「分かったわ。でも、無茶はしないで……」
「大丈夫。そう簡単に殺されたりはしないさ」
内田をその場に残し、少年はその部屋を後にした。
「王子さまあ、隠れたって無駄だぜ。大人しく出てこいよ」
部屋を出た所で、再び廊下に岩澤の声が響き渡った。姿は見えないが、声の大きさからそう遠くはない。少年は、なるべく部屋から離れる為、声のした方向へと歩き出す。
自分の身を犠牲にして彼女を救う。きっと内田には、自分の姿がそう見えたに違いない。だが、本当は違う。僕はただ、この姿を彼女に見られたく無いだけだ。それに、彼女は僕とは違う人種だから。彼女は殺される人間。そして、僕は……殺す人間。