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少年A  作者: 優斗
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Chapter 6

 その日の夜、少年は霧島ビルに居た。

 窓際にもたれかかる少年のすぐ目の前には、先日発見した女の死体が横たわっている。

 窓から零れるネオンの光に、神経を剥き出しにした恐ろしい顔が露になった。その目は、死んだ魚のように濁り、少年を見つめていた。

 チラリと腕時計を見ると、針は午後七時を指している。確か彼の仕事が終わるのは午後六時。渡した手紙には、この場所に来るよう指示してある。そろそろ来る頃だろう。

 そう思った矢先、開かれた扉から人影が姿を現した。少年は一瞬身構えるが、その姿を見て、ピクリと眉を潜める。

「来ちゃった……」

 そこに現れたのは内田だった。内田は、ぺロッと舌を出し肩をすくませている。

 少年は額に手を当て、深い溜息をついた。

「僕の後をつけてきたのか? 来るなと言っただろう」

「だって気になるじゃない。何も言わず一人で行っちゃうし。しかも、後をつけてみたらこのビルに入って行くし……」

「帰るんだ」

 少年が冷たく言い放つ。

 その言葉に、内田はぷぅと頬を膨らませた。

「なんでそんな冷たい事を言うの? 心配になって来てあげたのに……」

「誰もそんな事は頼んでいない。それに、顔の皮を剥がす殺人鬼が徘徊するビルに、ノコノコとやって来る君の方が心配だよ」

 腕を組みながら、少年は険しい表情で内田を睨みつける。

 内田は「うっ」とたじろぎ、少年の鋭い視線から目を逸らした。

「だって、これ以上あなたが罪を犯すのを黙って見過ごす事なんて出来ないわ……」

 消え入りそうな声で内田が呟く。

 その言葉を少年は聞き逃さなかった。

「僕が罪を犯す?」

 少年は、ジッと内田を見つめた。

「まさか、君はまだ僕の事を犯人だと思っているんじゃ無いだろうね」

 気まずそうに指を合わせ、内田はイジイジし始めた。

「だって、妙に事件の事に詳しいし、左利きだし、このビルに入っていくし……」

 少年は深い溜息をつくと、やれやれと言った感じで首を横に振った。

「君の推理だと、左利きでこの事件に詳しい奴は、全員犯人だと言う事になる。あんな内容、ネットで調べればすぐに分かる事だって言っただろ?」

「本当かしら? 怪しいものだわ」

 少年の言葉に、内田は疑いの眼差しで見つめる。

 少年は光の無い瞳で見つめ返した。

「それに……」

 ゆっくりとした動作で、少年はスッと彼女の背後を指差した。

「犯人なら、君のすぐ後ろに居る」

「え?」

 少年の言葉に、驚いた内田が振り向くと、すぐ真後ろに一人の男が佇んでいた。

「ひゃあ!」

 慌てて内田はその場を離れ、少年の元に駆け寄る。

 男は、不敵な笑みを浮かべ、無精髭をボリボリと掻きながら、部屋の中へと入って来た。

 少年は、男の顔をジッと見据えた。

「お待ちしていましたよ、岩澤先生」

 そこに現れたのは、霧島病院で先輩の担当医をしている岩澤だった。

 岩澤は、いつもの人懐っこい笑顔を浮かべ少年を見ている。だが、その目は笑っていなかった。

「……知り合い?」

 小声で内田が少年に聞いてくる。少年は無言で頷いた。

 岩澤は、感情の窺えない濁った瞳で少年を見つめている。殺人鬼が持つ、あの特有の目。それは、人を人では無く、単なる物として捕らえている時の目だ。

 岩澤は、懐から紙切れを取り出しヒラヒラとさせた。

「実はな、手紙を受け取る前から、俺は王子がここに来ていた事を知っていたんだよ」

 岩澤の言葉に、少年が頷く。

「ええ、あなただとは分かりませんでしたが、見られている事には気がついていました。あの日、あなたはこのビルに居たんですね」

 岩澤は、ニヤリと肯定の笑みを見せた。

「何故、お前がこのビルに来ていたのかは知らんが、そろそろ計画を実行しようと思っていた頃だったからな、ちょうど良いと思い放置していたのさ。だが、数日経ってもマスコミは騒がないし、警察も病院にやってこない。おかしいと思っていた矢先に、今度はお前からの呼び出しだろ? 正直、驚いたぜ」

 岩澤は目を細め、少年を見つめた。

「お前、何故俺が犯人だと分かった?」

「簡単な事ですよ」

 少年は、自嘲気味に笑った。

「僕はその死体を見た時から、この事件の犯人が霧島先生じゃない事に気付いていました。であれば、本当の犯人は何の目的でこのビル内で犯行を行ったのか? 僕は、まずその理由を考えたんです」

 死体に視線を落としながら、少年は話を続ける。

「霧島先生は、一年前のレザーフェイス事件の時、警察に重要参考人として疑われていました。もし今回、彼の所持するビル内で、顔の皮が無い死体が見つかればどうなるか。当然警察は、再び霧島先生を犯人と思い厳しい取調べを行うに違いありません。そうなれば、彼の地位や名誉は地に落ちる。何者かが、霧島先生を陥れようとしているのでは無いかと思ったんです」

 岩澤は口元に笑みを浮かべながら、興味深そうに少年の話に耳を傾けている。

「このビルの鍵は、院長室にある簡易金庫から何者かに盗み出されていました。解除の番号をメモした用紙が、彼の財布の中にあった事を知った僕は、先生に最近何か落し物をしなかったか尋ねたんですよ。そしたら、あなたが彼の財布を拾い届けてくれた事を聞きましてね……」

 少年は、光の無い瞳で岩澤を見つめた。

「確証はありませんでしたが、カマをかけてみたんです。手紙に『あのビルの七階で待つ』と書いてね。当然、あなたが犯人で無ければ、この場所に来るはずが無いんですよ。ビル名なんて何処にも書いていないんですから。だから、あなたがこの場所に来た事が何よりの証拠なんです」

「なるほど。俺は、まんまと乗せられたって訳だ」

 ニヤリと笑い、岩澤は顎鬚をさすりながら首を振った。

「何故、霧島先生を陥れようと?」

 少年の問いに、岩澤は一呼吸置いて話をし始めた。

「来月、白雪姫の手術だろ? 彼女が病院に入院してきた時から、俺が担当医として見てきたことは知っているよな? 当然、今回の手術は俺が行うものだと思っていた」

 そこまで言った所で、岩澤は険しい表情を見せる。

「だがよ、彼女の手術は霧島がオペするらしい。俺には、まだ経験不足だから任せられないんだとさ。ふざけやがって、俺の腕の何処が奴より劣っているって言うんだ?」

 少年は、黙って岩澤の言葉に耳を傾けている。

「経験が足りないって言うなら、経験を積んでやろうと思ってな。ここで、ちょいと練習をしていたのさ。このビルは、取り壊しが決まってもうだいぶ経つが、未だに新しいビルの建築予定の目処は立っていない。それに、夜勤明けに立ち寄れば、ちょうど帰宅しようとする風俗嬢を簡単に拉致出来るからな。練習するには、もってこいなのさ」

 まるで世間話をしているかのように、岩澤は楽しそうに少年に語りかけてくる。

 その間も、少年は注意深く岩澤を見つめていた。彼からの殺意は、まだ伝わってこない。

「確かに、あなたには彼女の手術は任せられませんね」

「……何だと?」

「僕が、この死体を見て霧島先生の犯行では無いと思った理由を教えてあげましょうか?」

 ネオンの光に照らされ、少年の目が妖しく光る。

「もし先生が犯人なら、こんな雑な顔の剥がし方などしないんですよ。彼は自分の仕事にこだわりを持っている。決して自分の作品に手を抜いたりしない」

 少年の口元に、馬鹿にしたような笑みが浮かんだ。

「だが、この死体からは何のこだわりも感じない。言うなれば、芸術家に憧れ真似をしてみたアマチュア作品みたいなものですよ」

「黙れ!」

 岩澤がそう叫んだ瞬間、部屋中の空気がピンと張り詰めた。

 岩澤から放たれる邪悪な負のオーラが部屋中を覆い尽くして行く。

 少年は、先程まで感じなかった冷気を肌で感じていた。

「お前に何が分かる。俺は、あの病院に勤め始めてから今の今まで、ずっとあいつと比べられてきたんだ。俺だって腕には自信がある。大学じゃ神童と呼ばれた事もあるんだ。だが、世の中はいつもあいつを評価しやがる!」

 岩澤の荒い息遣いが部屋に木霊する。

「あいつを殺すのは簡単さ。だが、あいつにはもっと惨めで死にたくなるような絶望を与えて苦しめてやろうと思ってな……」

 獣が獲物を見るような目で、岩澤は少年を見つめた。

 殺意の波動がビリビリと伝わってくる。少年は、ゆっくりと体から力を抜いた。

「後はお前が言った通りだ。奴は一年前のレザーフェイス事件で、重要参考人として警察に目をつけられている。当然、ここであの事件と同様の顔無し死体が見つかれば、警察は真っ先に奴を疑うだろう。それで、奴の人生は終わるはずだった……」

 瞬きもせず、目を大きく見開いた岩澤が少年の元へゆっくりと歩み寄っていく。

「まぁいい。とりあえず、お前をさっさと始末して俺が匿名で警察に通報してやるよ。それにしても、わざわざこの俺をここに呼び出し犯行を暴くなんて、お前は探偵気取りか?王子さんよ。まさかお前、ここから生きて帰れるなんて思ってないだろうな?」

 そう言うやいなや、岩澤は懐から取り出したメスを少年に向かって切りつけてきた。寸前の所でそれをかわし、少年は距離を取る。

 岩澤は、感心したようにヒュウと口笛を吹いた。

「その身のこなし、お前素人じゃねぇな。普通の奴なら、刃物を見た瞬間恐怖で体が強張って動けなくなるもんだ」

 そう言うと、岩澤は首元から何かを取り出した。それは、人間の眼球をモチーフにしたあのタリスマンだった。

「だが、こいつを見ても平静でいられるかな?」

 タリスマンを握り締め、岩澤は念じ始める。

 少年は攻撃に備え身構えた。だが、暫く待っても何も起こらない。

「ちょ、ちょっと! う、後ろ!」

 突然背後に控えていた内田が叫んだ。振り向くと、先程まで倒れていた女がすぐ少年の背後まで迫っていた。女は確かに死んでいたはずだった。

 顔の筋肉と神経を剥き出しにし、女はうつろな眼球で少年を見つめている。彼女は、少年に語りかけていた。自分は、こんな事をしたくない。助けてくれと。

 だが、その意思に反して彼女は、口を大きく開けながら少年に襲い掛かってきた。あのタリスマンに操られているのだ。

 少年は、その攻撃も寸での所でかわすが、その隙を狙って岩澤が切りかかってきた。流石にその攻撃はかわし切れず、少年は右腕を切りつかれた。真っ赤な鮮血が飛び散る。

「面白いだろ? こいつを使えば、死体を操ることが出来るんだぜ?」

 岩澤は、ニカリと白い歯を見せタリスマンを散らつかせている。

 少年は右腕を抑えた。ポタポタと右腕から血が流れ落ち、足元に血溜まりを作っていく。相当深く切られてしまったようだ。

「だ、大丈夫?」

 内田が心配そうな顔で少年に駆け寄る。

「大丈夫だ。問題無い」

 少年は右腕を押さえながら、彼女を制した。

「とりあえず、この場は退散しましょ」

 少年は頷くと、岩澤の脇をすり抜け扉に向かって駆け出した。

 背後から、岩澤のせせら笑う声が聞こえてくる。

「逃げても無駄だ、王子さんよ! お前はこのビルからは、決して出られないぜ! 絶対にだ!」

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