第四章 レザーフェイス事件
「全く、とんでもない事に巻き込まれたわ」
暗い廊下を走っている最中、内田がポツリと呟いた。
「まさか、あなたの知り合いにあんな人がいたなんて。やっぱり変人は変人を呼ぶものね。本当、いい迷惑だわ」
恨めしい顔で、内田が少年を見つめてくる。だが、少年は納得が行かなかった。そもそも、このビルに行こうと始めに言ったのは内田である。しかも、少年はあの扉を開ける前に彼女に言っていたのだ。『この扉を開ければ、君は新たな事件に巻き込まれる事になるだろう』と。その忠告も無視し、さっさと扉を開け中に突入して行った彼女に、何故自分が恨まれなくてはならないのか。少年は眉間にシワを寄せ抗議の顔を見せた。
「とにかく、こんな気味の悪い場所さっさと脱出しましょ。話はそれからよ」
内田は走るスピードを早め、一人先へと進んで行く。その先走る行動が原因で、ついこの間痛い目を見た事を、きっと彼女は忘れてしまっているに違いない。
少年は、深い溜息をつきながら、彼女の背に続いた。
永遠に終わらないかと思うような長い闇の廊下を走り続けていると、やがて窓から差し込む光に視界が開かれた。その先には非常階段へと続く扉が見える。
ホッと安堵の溜息をついた内田は、扉へ駆け寄ろうとした。だが、その途中にある曲がり角から、のそりと不気味な人影が姿を現した。
「誰……?」
内田は足を止めると、訝しげな表情で人影を見つめた。
だらりと垂れ下った髪の毛で表情は窺えないが、服装と髪の長さからその人間が女であることは遠目からでも分かった。だが、その女の様子は明らかにおかしい。首をゆらゆらと揺らしながら、まるで映画に出てくるゾンビのように摺り足で近寄ってくる。そして、その姿がはっきりと肉眼でも確認できる距離になった時、内田は顔を引きつらせゆっくりと後ずさった。
顔の筋肉と神経を剥き出しにし、女は今にも零れ落ちそうな目をギョロギョロと動かしている。くすんだ赤褐色の歯茎には、抜け落ちて隙間だらけの歯が見えた。
女には、顔の皮が無かった。
「こっちだ」
呆然とする内田の手を引き、少年は別の通路へと向かう。
「何処へ向かうの?」
「他の階から出口を探す。このままじゃ挟み撃ちになる」
暫く進むと、エレベーターとその脇に上下に分かれる階段が見えた。内田は急いでエレベーターの前に駆け寄ると、下のボタンを押した。だが、エレベーターは何の反応も示さない。内田はムキになって何度もボタンを連打する。
「無駄だよ、このビルには電気が通って無いんだから」
内田の脇を通り過ぎ、少年は階段を降りる。慌てて内田もその後に続く。
「はぁ……。なんで私がこんな目に……」
溜息混じりに呟く内田の声が、少年の背後から聞こえてきた。
……その台詞をそっくり君に返したいよ。
階段を駆け下りながら、少年はこのビルに来る羽目になった、あの日の出来事を思い出す。それは、先週の日曜日の事だった。