Chapter 10
少年はマンションの入り口付近で、慶子の残骸を探していた。
屋上に続くドアの隙間から、一部始終を見ていた少年は、慶子の体の行方が気になり一足早く下まで降りて来ていた。だが、あれだけ派手に撒き散らされたのに、指一本どころか血の跡すら何処にも無い。恐らく、彼女の体もこの世では無い場所に運ばれてしまったのだろう。
「あなたの予想通りだったわね」
少年が少し離れた草むらを探していた時、内田が話しかけてきた。
「何の話?」
振り向きもせずに、少年が答える。
「何って、この事件の話よ。私は、てっきりあの和美って子が犯人だと思っていたわ」
少年は振り向くと、内田に向かって馬鹿にしたような薄い笑みを浮かべた。
その顔を見た内田は、思わずムッとする。だが、すぐに何かを思い出した内田は、ニヤリと不敵な笑みを見せた。
「それにしても、あなたも良い所あるじゃない」
ニヤニヤと笑いながら、内田は少年を見つめる。その自信有りげな内田の態度に、少年は一瞬たじろぐ。
「彼女に亡者達が襲いかかろうとした時、あなたそれで彼女を助けてあげたでしょ」
そう言って内田は、少年を指差した。
彼女の言うそれとは、少年の首からぶら下がっているペンダントの事だった。
ペンダントには、人間の眼球をモチーフにした水晶、タリスマンがあしらってある。霊を操る事が出来るこのタリスマンは、かつて辻が所持していたのを少年が奪い取った物だった。
「僕は何もしていないよ。あの和美って子の父親が、ただ単に彼女を助けただけだ」
少年の答えに、内田は口元を抑え笑いを堪えた。
「別に隠さなくてもいいのに……。まぁいいわ、そう言う事にしておいてあげるわよ、照れ屋さん」
「別に僕は照れてなんか……」
だが内田は少年に取り合わず、嬉しそうに微笑みながら空に浮かぶ月を眺めている。
そんな内田の態度に、少年は一瞬眉をひそめたが、すぐにいつもの無表情な顔に戻った。
確かにあの時、僕はガラにも無く彼女を助けてしまった。だが、あの父親が最後に呟いた言葉は予想外の事だった。
――和美に手を出すな。
あの時、父親の霊は確かにそう言っていた。
浮遊霊となり、すでに意識は無かったはずの父親。だが、最後の最後に自我を取り戻したのは、親子の絆が起こした奇跡に他ならない。もしかしたら、僕の手助けなんて最初から必要なかったのかもしれない。
少年は、その事を内田に説明しようとしたが思いとどまった。
どうも彼女は、僕が普段と違う態度を見せた時に喜ぶ節がある。これ以上ムキになって彼女を喜ばすのもつまらないし、ここは黙って引き下がっておくか……。
その時、少年は草葉の影に何かが落ちているのを発見した。それは、人間の眼球をモチーフにした血まみれのタリスマンだった。
まるで宝物を発見したかのように、少年は顔を輝かせるとタリスマンを手に取った。だが、それに触れた瞬間少年はすぐに眉をひそめた。タリスマンに触れた少年の指には、水あめのような粘液がまとわりついていた。
その時、突然少年の目がズキンと疼いた。思わず少年は目を抑え蹲る。
「ど、どうしたの? 大丈夫?」
慌てて内田が少年の元に駆け寄ってきた。少年はなんでもないと言って片手をあげ制する。内田は心配そうな表情で少年を見つめた。
荒い息を吐きながら、少年は顔から手を離す。
その顔を見た内田は、口に手を当て驚愕の表情を浮かべた。
そこにあったのは、深い闇。大きく見開かれた少年の右目には、ぽっかりと底の見えない空洞が出来ていた。
驚く内田を押しのけ、少年は立ち上がると、夜空に浮かぶ月を見つめた。
真っ赤な舌を出し、少年は血と粘液にまみれたタリスマンをぺろりと舐める。口の中に広がる苦い血の味。その苦味が、狂気の世界に落ちようとしている自分を繋ぎとめてくれるような、そんな気がした。
――第三章 山手線ゲーム 完