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少年A  作者: 優斗
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Chapter 8

「待っていたわ」

 マンションの屋上に辿り着いた私を慶子が出迎えた。

 昼間、あれだけ取り乱していた姿がまるで嘘のように、慶子はふっきれた顔で優しい笑みを湛えている。

「……なに? 話って」

 私は、慶子に問いかけた。だが、慶子は私の問いに答えず、ゆっくりとフェンスに向かって歩き出す。簡単に飛び越えられそうな低いフェンスに手をかけ、慶子は私に背を向けながら語り始めた。

「見てよこの景色。綺麗でしょ? あなたもこっちに来て見なさいよ」

 誘われるまま、私は慶子の隣までやってきた。

 夜の街が作り出した、その幻想的なイルミネーションは、様々な色に変化し見る者を虜にする魅惑の光を放っている。私は言葉も忘れ、暫くの間その景色に魅入っていた。

「私ね、この屋上から眺めるこの夜景が大好きなのよ。でも、この屋上ってフェンスが低くて危ないから、来ちゃ駄目って親に言われてるんだけどね」

 髪をかきあげながら、慶子は遠い目で夜景を眺めていた。その無防備な背中に、思わず私の手が伸びそうになる。だが、私はその衝動をジッと堪えた。

「でもさ、危険な場所ほど人って行きたくなるものじゃない? 人ってさ、常に日常にスリルを求めているものなのよ。私の場合、親に内緒でここに来るのが始まりだった……」

 マンションの屋上には強い風が吹いていた。二人の髪が風になびき、夜の空にはためく。私は黙って慶子の話に耳を傾けていた。

「さらなる刺激を求めて、私は親に隠れてタバコを吸ったり、店に入って万引きをしたりしたわ。でも、そんなんじゃ満足できなかった。そして、行為は段々とエスカレートしていったの。仲間を集めて浮浪者狩りをしたり、援助交際を装って食いついたエロ親父どもをみんなでリンチしたり、悪いと思われる事は何でもやった。でも駄目だった。そんなんじゃ全然物足りないの。もっともっと刺激が欲しかった。そして私は気付いたわ。スリルと興奮は、他人を傷つける事で得られるって事をね」

 そう言うと、慶子はゆっくりと私に向き直った。その目は、月の光が反射し爛々と輝いていた。

「そして、最後に行き着いたのが山手線ゲームってワケ。あなたにも見せたでしょ? あの冴えない親父サラリーマンの画像。あれが最初の獲物だったのよ」

 慶子の言葉に、私は一瞬眉をしかめた。

 その表情を慶子は見逃さなかった。何もかも見透かしたような顔で私を見つめてくる。

「人が死ぬ直前に見せる表情って、案外つまらないものよね。でも、それが妙にリアルで見ているとゾクゾクするの。人を殺す、これほどのスリルって中々味わえないじゃない」

 まるで子供のようにはしゃぎながら、慶子は陽気な笑みを私に見せた。

 私は酷く気分が悪くなった。慶子の話を聞いていると胸のあたりがムカムカしてくる。せっかくの綺麗な夜景も台無しだ。

「……私に用があるんでしょ? 話ってなに?」

「私、あの後家に帰ってインターネットで調べたのよ」

 慶子が私をジッと見つめる。その目は、まるで獲物を狙う獣のようだった。

「あなた、父親を最近亡くしたでしょ」

 ドキリと心臓が高鳴る。だが、私は勤めて冷静に答えた。

「……何の話?」

「とぼけないで」

 そう言って、慶子が私の肩を掴んだ。

「ハギハラツトム。この名前に聞き覚えあるでしょ? 萩原和美さん」

 その言葉に、思わず私は動きを止めた。

 慶子はフフンと勝ち誇ったように鼻で笑う。

「まさか、私たちが狩った親父たちの中に、あんたの父親がいたなんてねぇ」

 慶子は、携帯を取り出すと私に突きつけた。そこには、この間慶子から送られてきたサラリーマンの男が映っている。そして、それは私の父親が残した、この世での最後の姿でもあった。

「だからあなた、私たちのグループに入りたいなんて言ってきたのね。優等生のあなたが、私たちの仲間になりたいだなんておかしいと思っていたけど、これで全てに納得が行ったわ」

 慶子の手に力が入り、爪が肩の肉に食い込んでくる。だが私は、痛みよりも慶子の鋭く突き刺さるような視線が恐ろしくて仕方が無かった。

「あなた、父親の復讐のために私たちに近づいたんでしょ。あなたの父親と同じように、私たちを突き飛ばして殺すつもりだったんでしょ?」

 慶子の目が怪しく光る。

 その射るような視線から目を逸らし、私は体を縮こまらせた。

 先月の末、私は父親を電車事故で亡くした。

 警察からは、父親の死因は自殺であると聞かされていた。私も最初は、会社をリストラされた父親がそれを苦にして自殺したものだとばかり思っていた。だが、たまたま女子トイレの中で法子と真由美が山の手線ゲームの話をしているのを聞いた私は、真相を突き止めるため彼女達のグループに入った。そして、彼女達からお父さんの画像を見せられた時、私は復讐を誓った。この手で必ずお父さんの仇を取ってやると。こいつらを皆殺しにしてやろうと。

「憎い? 私が憎い? 殺してやりたいほど憎い? だったらホラ、私を押してごらんなさいよ。あなたがちょっと力を入れれば、こんな低いフェンスだもの、私なんてすぐに落ちちゃうわ」

 両手を広げた慶子が、好きにしてみろと言ったアピールをする。

 私はギリギリと歯軋りをしながら拳を握り締めた。だが、私は何も出来なかった。

 彼女達と下校時に電車に乗った時も、チャンスはいくらでもあったのに、いざやろうとすると体がすくんで動かなかった。殺してやりたい程憎い奴らなのに、私はその背中を押す事が出来なかったのだ。

 何も出来ず悔しさに打ち震える私に、慶子がフンと馬鹿にしたように鼻で笑った。

「まぁ、あなたには無理よね。所詮あなたは狩られる立場の人間だもの。あの冴えないサラリーマンと一緒。さすが親子ね」

「……何故、お父さんを殺したの?」

 怒りを押し殺し、私は慶子に尋ねた。

「別に意味なんて無いわ。たまたまホームを歩いていた私の目の前に、あなたの父親の背中があったのよ。押してみたら、一体どんな顔して落ちていくのかな~って思ってね。でも、結果はあなたも知っての通り。面白くもなんともない写真が撮れたんだけど」

 私の父親は、意味も無く殺された。

 分かりきっていた答えのはずなのに、改めて本人から言われるとショックが大きい。私の膝がガクガクと揺れた。

 私の脳裏に、優しく微笑むお父さんの姿が浮かぶ。

 優しかったお父さん。仕事は決して出来るとは言えなかったが、お父さんは家庭を一番大切にしてくれた。給料も安いのに、無理して私をあんなお嬢様学校に入れてくれた。テスト前になると、予想問題を作って一緒に勉強を手伝ってくれた。私が風邪を引いて寝込んだ時は、徹夜で看病してくれた。

 お父さん。私のお父さん。私の大切なお父さん。

「わあああああああっ!」

 気がつくと、私は叫びながら慶子に掴みかかっていた。

「殺してやる!」

 私は慶子をフェンスに叩きつけ、彼女の首に手をかけた。

 だが慶子は、相変わらず人を食った薄い笑みを浮かべ、涼しい顔をして私を見つめている。私が何も出来無いとでも思っているのだろうか?

「馬鹿にして!」

 怒りに身を任せ、私は渾身の力を込め彼女の首を絞めあげた。だがその時、突然背後から私の首に冷たいものが巻きついてきた。慌てて首元を見ると、しわがれた真っ白い手が私の首を締め上げているのが見えた。

 驚いた私は、咳き込みながら振り解こうと両手でその手に触れる。そして、ハッと気がついた。その手の感触に、私は覚えがあった。

 小さい頃から私の頭を撫でてくれた、大きくシワの深いごつごつした手。熱を出した時、私のおでこに当ててくれた優くて暖かいあの手。その感触を忘れるわけが無い。私の首を締め上げるその手は、紛れも無いあの人の手だった。

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