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少年A  作者: 優斗
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Chapter 1

 まるで、今の僕の心を表しているようだな。

 どんよりと空一面に広がる灰色の雲を見つめながら、少年は深い溜息をつく。

 少年は今、とある駅のホームにいた。

 少年が住む町の駅とは違い、この駅には急行電車が止まる。駅周辺には華やかなビルが立ち並び、多くの人々が行き来する栄えた町だった。

 だが別に少年は、この町に何か用事があって来た訳ではなかった。用事があるのは、少年では無く彼女の方だった。

「どう? 見つかった?」

 ぼんやりと佇んでいる少年に向かって、内田が話しかけてきた。少年が疲れた様子で首を横に振ると、内田は落胆の表情を見せた。

「あ~あ、今日も駄目かぁ。一体、いつになったら出会えるのかしら」

「こんな事、いつまで続ける気なんだい?」

 少年の言葉に、内田は驚いた顔を見せた。

「いつまでって……何を言っているの? 見つかるまでに決まっているじゃない、この事件の犯人を」

「君は、本気でこんな作戦で見つかるとでも思っているの?」

「なぁに? あなた、私の作戦にケチをつけるつもり?」

 ギロリと内田が少年を睨みつける。少年はとっさに顔を背け、その鋭い視線から逃れた。

 内田の言う事件とは、最近頻繁に起きている電車への飛び込み自殺の事である。

 不景気な事もあって、電車への飛び込み自殺は年々増え続けている。だが、今月に入って発生した飛び込み自殺の件数は既に十五件。しかも、少年達が住むこのS市だけでだ。この数字は明らかに異常と言えた。

 警察の発表によると、中年サラリーマンの飛び込み自殺が多い事から、これらの自殺に事件性は無く、単なる会社でのストレスやリストラされた事によるものだと伝えられていた。だが、内田は他の何かが原因では無いかと考えていた。

「ズバリ、霊の仕業ね」

 あの日、放課後の図書室で自信満々に答えた内田の顔を少年は思い出していた。

 ここ最近、少年たちの周りで立て続けに霊がらみの事件が続いたせいか、内田は前以上に何かあると霊のしわざだと言うようになっていた。

「なんでも霊のしわざだなんて思わない方がいいよ」

 ノートパソコンの画面を見つめながら、少年が言った。

「だったら、あなたはこれが誰の仕業だと言うのよ?」

「いや、別に興味無いから考えた事もないし」

 相変わらず自分を見ようともせず、パソコン画面を見ながら答える少年の態度に、内田は腹を立てた。内田はパソコンのディスプレイを掴むと、少年を冷ややかな瞳で見つめる。嫌な予感がした少年は、慌てて手を引っ込めた。その直後に、ディスプレイが勢いよく閉じられた。

「いい? 十五件よ、十五件。しかも、このS市だけで。おかしいと思わない? 警察やマスコミは、ストレスが原因の単なる自殺だとか的外れな事を言っているけど、きっと証拠が何も見つからないからそんな事言うのよ」

 その力強い瞳には、いつもの根拠の無い自信がみなぎっているのが分かる。その妙な迫力に、少年は少しだけたじろいだ。

「立て続けに起こる、証拠が見つからない不可解な事件。これって、いつもの奴に似て居ると思わない?」

「いつもの奴?」

「霊がらみの事件よ」

 自信満々に答える内田の顔を見た少年は、その表情をどこかで見た気がしていた。確かそれは、前にクラスメイトが数学の授業で、方程式を使って難しい計算の答えを見事に解き明かした時の自慢げな顔に良く似ていた。だが、内田の理論は複雑な方程式など使っていない。不可解な事件、イコール霊のせいと言う安直な計算式だった。

「きっと、この世に恨みを持っている悪霊か何かが、生きている人間をホーム内に引きずりこんでいるのよ。この悪霊を放置している限り、これからも事件は起き続けるわ。なんとしても、私たちでその悪霊を見つけ出し退治しなくちゃ。これは、我がオカルト研究会に課せられた役目であり、使命でもあるのよ」

 拳を握り締め、瞳をキラキラさせながら内田は天を仰いでいる。

 そんな内田を放置し、少年は再びノートパソコンを開いた。だが、内田が再びディスプレイを閉じる。少年は、ハァと深い溜息をついた。

「で、その霊はどうやって見つけるつもりなの?」

 その言葉を聞いた内田は、待ってましたと言わんばかりに、妖しい笑みを見せた。

「そんなの決まっているじゃない」


 そして、あれから一週間。放課後になるたび、内田は少年を無理やり連れ出し、市内の駅巡りに付き合せていた。

 連日少年を引っ張りまわす内田の主張はこうだ。

「奴は、この市内で狩場を転々としている。今までの傾向から見ると、急行が止まる駅ばかりを狙っているようね。同じ駅での犯行は過去に一度も無いから、まだ事件が起きていない急行電車が止まる駅で張り込みをすればいいのよ」

「で、この僕がその悪霊とやらを探す……と」

「仕方ないでしょ。私には霊を見る事ができないし。もし私に出来るのものなら、面倒臭がりのあなたにこんな事頼まないわよ」

 嘘だな。

 少年は心の中で呟く。

 少年の特殊な能力を知る以前から、内田は彼をよく引っ張りまわしていた。今回の件も、例え少年が霊を見る事ができなくても、遅かれ早かれ連れ出されていたに違いない。

 疲れた顔で、少年はハァと大きな溜息をついた。

 先輩は元気にしているだろうか……。

 ここ数日、内田に連れ回されている少年は、入院している先輩の見舞いに行く事が出来ていない。病室で一人寂しい思いをしている先輩の姿を思い浮かべ、少年の表情が曇る。

 と、その時だった。少年の目に、ホーム際を歩く一人の中年サラリーマンの姿が映った。

 その男は、フラフラとまるで夢遊病者のようにホーム際を歩いている。その目は虚ろで精気が無く、視点が定まっていない。

 ホーム内に、電車が来た事を知らせるメロディが流れ、やがて遠くに電車が見えてきた。男はピタリと歩みを止めると、ゆっくりと首をあげ電車を見た。そして、何を思ったのかいきなり線路内にその身を躍らせた。

 物凄いスピードで電車が迫る。男は、まるでその身で電車を受け止めるかのように、大きく両手を広げた。

 ホーム内にやってきた電車は、躊躇無くその巨体で男を巻き込み通り過ぎた。そして、速度をゆるめた電車はゆっくりと止まり、やがて中から大量の人間がホームに降りてきた。

 たった今、サラリーマンの男が電車に巻き込まれたと言うのに、その事に気付いた者は誰一人としていなかった。そう、一人の少年を除いて。

 電車が走り去った後、少年は白線を乗超えホーム際まで歩み寄った。そして、ゆっくりと下を覗き込んだ。だが、男が残したハズの残骸は何も見つからなかった。

「どうしたの? 何か見えたの?」

 期待した表情の内田が、少年に歩み寄ってきた。だが、少年はいつものポーカーフェイスで何も答えようとしない。

 いくら尋ねても答えようとしない少年に、内田は聞くのを諦めると、辺りをキョロキョロと見回した。そこには、駅を行き来する人間がいるだけで、怪しいものは見当たらない。気になった事と言えば、こちらを指差して何かを話している二人組の女子高生の姿だけだ。きっと、線路際にいる少年の事を飛び込もうとしている自殺志願者にでも見えたのだろう。

 再びホーム内に電車が来た事を知らせるメロディが流れ、続いて白線の内側へ戻れといったアナウンスが流れた。

 内田は少年の手を取った。

「ホラ、いつまでもそんな所でボーッとしていたら危ないわよ。あんたが轢かれちゃったら、ミイラ取りがミイラになっちゃうじゃない」

 内田に引っ張られ、少年はその場から離れる。そして、電車がホームに入ってきた瞬間、つんざくような大きな悲鳴が駅構内に鳴り響いた。

 金属が擦れ合う耳障りな音と共に電車は急停止し、一瞬にしてホーム際に凄い人だかりが出来た。どうやら、人が線路内に落ちて電車に巻き込まれたらしい。いつの間にか、内田もその人だかりに紛れ込んでいた。

 だが、少年はその群集には群れず、遠くからその光景を見つめていた。

 その視線の先には、野次馬の後ろで呆然と佇む一人の男の姿がある。それは、先程飛び込み電車に轢かれたハズのサラリーマンだった。

 男は微動だにせず、ジッとホームの下を見つめている。

 青白いその顔には、身の毛もよだつような不気味な笑みが浮かんでいた。

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