Chapter 1
放課後。
西日が差し込む教室で一人残っていた少年に、クラスメイトの内田が話しかけてきた。
「面白いものを届けに来たわ」
彼女はニヤッと笑うと、その手に持つものを少年の机の上に置いた。
少年は、ゆっくりと手を伸ばしそれを手に取った。それは真っ黒な便箋だった。
宛名も差出人も何も書かれていない、ただただ黒いだけの封筒。それだけのはずなのに、日常に目にする事の無い異質なこれは、何か不吉なものを想像させる。
眉をひそめる少年を見ながら内田は満足そうに頷くと、まるで不幸を届けに来た死神のように妖しい笑みを見せた。
「あなたも知っているでしょ。この封筒の存在を」
少年がコクリと頷く。
「通称『黒いラブレター』。それを届けられた人間は、三日以内に死ぬ。最近この学校で噂になっている都市伝説だよね」
「そう。でもこれは噂でも都市伝説でも無いわ。だって、実際に死んでいる人間がいるんですもの。しかも、この学校で三人も」
人が死ぬ。決して笑える話では無いのに、彼女は満面の笑みを浮かべている。
少年は黒い封筒を手で持て遊びながら、あらためて内田を見つめた。
透き通るガラスのような肌に、大きな瞳が特徴的な美しい彼女。髪は腰まで届きそうな黒のストレートヘアーで、一本一本がまるで絹糸のように繊細で美しい。だが、その服装は地味だった。美しいその手は長袖のワイシャツで隠され、素足も今時珍しいロングのスカートを履いて極力見せないようにしている。だが、その地味な服装が彼女の持つミステリアスな雰囲気をより一層妖しく際立たせていた。
「その黒いラブレターが、今度は僕に届いた。それがそんなに面白い事なのかい?」
「面白いに決まっているじゃない。噂の都市伝説が目の前にあって、しかも次の犠牲者のおまけつき。こんな楽しいシチュエーションなんて、どこを探しても無いわ」
その黒い大きな瞳をキラキラと輝かせ、内田は身を乗り出して少年を見つめた。
少年は呆れたように大きな溜息をつくと、手に持つ封筒を無造作に開いた。
「あっ! まだ早いわよ!」
突然の少年の行動に内田が驚く。
少年は、封筒の中に入っていた一枚の紙切れを取り出すと中身を読んだ。
――ばか。
紙には一言そう書かれていた。
少年がチラリと内田を見つめる。内田は誤魔化すようにそっぽを向いた。
「で、僕が慌てふためく姿を見て楽しもうとしていた……と」
唇を尖らせ、内田はつまらなさそうに呟いた。
「ちぇっ。開けるの早いわよ。もっとビビってくれなくちゃつまらないじゃない」
内田は、ぷぅと不機嫌そうに頬を膨らませた。
最近この学校で、男子生徒が三人も立て続けに変死すると言う怪事件が起きている。
一人は焼却炉の中で骨の塊となって見つかった。もう一人は屋上の貯水タンクの中で、体をブクブクに膨張させた姿で見つかった。そして最後の一人は、トイレに体を無理やり詰まらせた状態で見つかった。いずれも普通の死に方では無く、怪事件の名に相応しい奇妙でおぞましい死に様だった。
三人には共通点があった。それは、三人とも誰もがうらやむような美貌の持ち主で、女生徒に人気があった事。そして、その三人の元には奇妙な一通のラブレターが届いていたと言う事だ。そう、真っ黒な便箋に包まれた黒いラブレターが……。
もっとも、後者に関してはあくまでも噂なのでどこまで本当なのか疑わしいが、生前彼らが奇妙なラブレターが届いたと話していたのを聞いた生徒がおり、話によればそのラブレターに書かれていた待ち合わせ場所で彼らは変死を遂げたらしい。その噂に尾ひれがつき、黒いラブレターが届いた人間は三日以内に死ぬと言う都市伝説が、まことしやかにこの学校で噂されるようになったのだ。
「私、この都市伝説を解明したいと思うの」
「何故だい?」
玄関へと続く廊下を歩きながら、少年は内田に聞き返した。内田は、親指を立てニンマリと満面の笑みを浮かべた。
「血が騒ぐからよ」
何の血だよ、と思いつつも少年は彼女がそう言う事を予感していた。そして、いやおうなしに自分がその解明作業に付き合わされる事にも。
内田は、人一倍好奇心旺盛な性格をしていた。この手の話が大好きな彼女は、毎回こう言った都市伝説をモチーフにしたイタズラを少年に仕掛けてくる。そして、決まって最後には、その噂の出所を調べようとするのが毎度の恒例行事だった。
「都市伝説が本当かどうかは別として、三人も変死を遂げるなんておかしいと思わない?」
「まぁね」
「それに、突然こんな事件が立て続けに起こるのもおかしいわよ。何か原因が必ずあるはず。まずは、その黒いラブレターにまつわる話を掻き集めてみましょ」
意気込む内田とは対照的に、少年はやる気の無い乾いた表情を浮かべている。
この後、少年は入院している先輩の見舞いに行くつもりだった。だが、そんな事を内田に言った所で却下されるのは目に見えている。
自分に決定権は無い、また彼女の気が済むまで付き合う事になるんだろうな。
そんな想像をしながら少年が玄関に辿り着いた時、突然内田が下駄箱を指差して言った。
「ねぇ。あそこに居るの、あなたのクラスメイトの鈴木君じゃない?」
見ると、一人の男子生徒が下駄箱の前で佇んでいた。
少年のクラスメイトが玄関に居る。そんな光景は別段珍しい事でもなく、内田が声をあげる必要も無い。だが、その生徒の様子は明らかにおかしかった。
体を小刻みに震わせ、鈴木はその場を動こうとしない。良く見ると、彼の顔は血の気が引いて真っ青だった。
少年は背後から鈴木に声をかけた。その声に驚いた鈴木は、ビクッと体を震わせ振り向く。その手には、何かが握られているのが見えた。
「ねぇ、あれってもしかして……」
その存在に気がついた内田が呟く。
彼の手に握られていたもの、それは一通の封筒だった。だが、それはただの封筒ではない。その表面は、まるで漆黒の闇のように黒く染め上げられていた。
「お、俺は何もしてない! 何もしてないんだ!」
少年の姿を見た鈴木は、突然そう叫ぶと封筒を投げ捨て走り去っていった。
少年は黙って下駄箱まで歩み寄ると、床に落ちている封筒を拾い上げた。
「もしかして、これも君のイタズラかい?」
封筒を見つめたまま、少年は内田に尋ねた。
内田は驚きの表情を浮かべながら、ふるふると首を振る。
少年はニヤリと意地悪な笑みを浮かべた。初めから内田の仕業では無い事を少年は分かっていた。その事を知っていながら聞いた、少年のささやかな仕返しだった。
少年は、すでに開かれている封筒、黒いラブレターから無造作に中身を取り出した。
「ちょ、ちょっと」
慌てる内田を気にした様子も無く、少年は取り出した紙に書かれた内容を読み上げる。
「明日の放課後、旧校舎の鏡の中で待ってます」