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少年A  作者: 優斗
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第三章 山の手線ゲーム

「ねぇ、今日の帰りに山手線ゲームやらない?」

 それは、慶子の一言から始まった。

「いいねぇいいねぇ、やろうやろう」

「今日のターゲットは誰にする?」

 隣にいる法子と真由美も乗り気だ。だが、私はやりたくなかった。

「和美、あんたもするでしょ、山手線ゲーム」

 慶子が意地悪な笑みを浮かべながら私を見つめてくる。その目は、嫌がる私の気持ちを見透かしていながらも、有無を言わせない絶対服従を迫る目だった。

「で、でも……」

「はいはーい! じゃあ記念すべき和美の初挑戦は、私が責任持って引率するからさ。三手に分かれてやろうよ」

 答えに困っている私の腕に、法子が絡み付いてきた。華奢なハズの彼女の腕が、私をガッチリと掴む。私は、体中に鎖を巻きつけられたような気分に陥った。

「じゃあ、いつも通り結果はメールで報告ね。さてさて、今日は一体誰が勝つのかしら?」

「前回の画像は慶子のが一番面白かったよね。やっぱり狙い目は五十代のくたびれた親父サラリーマンかしら」

 携帯を取り出し、慶子と真由美が楽しそうに見ている。きっと前回の山手線ゲームで撮った画像を見ているのだろう。

「ホラ、行くわよ」

 法子が私の手を取り引っ張っていく。

 私は、法子に誘われるままその場を後にした。


 山手線ゲーム。

 それは、お題に沿った解答を参加者が順番に解答していく従来の古今東西ゲームではない。彼女達の言う山手線ゲームとは、女子高生が考えた物にしては、あまりにも悪趣味で残酷なゲームだった。

 やり方はこうだ。

 まず人の多い駅に行く。そして、電車が来るのを待っている人の背後に立つ。そして電車が駅に到着する直前に、その背中を周囲にばれないように押す。押された人間は訳も分からずホームの下に落ちていく。そして、その驚きの表情を携帯のカメラで撮り、誰が一番面白い画像を写したかを競うのだ。

 私は携帯を取り出し、前に慶子から送りつけられたメールを開いた。そのメールには、驚愕の表情を浮かべたサラリーマン風の男の画像が添付されている。それは、この男がこの世に残した最後の姿でもあった。

 私たちは、最寄の駅に辿り着くと改札を通り電車に乗った。目的地は決まっていない。ただ人が多そうな駅へ向かうだけだ。

「ねぇ、やっぱりやめようよこんな事……」

 私は小声で法子に懇願した。だが、法子は携帯で音楽を聴きながら鼻歌を歌っている。私の意見など聞く耳無しだ。

 よくスリルを求めて万引きをする女子高生の話は聞くが、退屈しのぎに人を突き飛ばし電車で轢き殺すなんて聞いた事がない。いくらなんでもやりすぎだ。

「ねぇ、法子……」

「うるさいなぁ、もう!」

 法子はイヤホンを外すと、露骨に嫌そうな顔を見せた。

「こんな事を続けていたら、いつかバレて警察に捕まるよ! もうやめよう?」

「絶対バレないって! それよりも、あんたがそうやって騒ぎ立てる方がバレちゃうわよ。あんたも私たちのグループに入ったのなら、シラける事ばかり言ってるんじゃないわよ」

「でも……」

「つべこべ言わないの! ホラ、次の駅で降りるよ」

 見ると、電車は駅のホームに到着した所だった。ホームには多数の電車を待つ人が見える。どうやら、ここが今回の狩場になるようだ。

「誰にしようかな~♪」

 ホームに下りた法子は、鼻歌交じりに辺りを見渡している。きっと今日の犠牲者を物色しているに違いない。

 私はなるべく目立たないように顔を俯かせ、法子から離れて歩いた。

「ホラ、何をしているのよ。今日はあんたがやるのよ? あんたがターゲットを見つけなくちゃ意味が無いじゃない。ねぇねぇ、あれなんてどう? あのバーコードのハゲ親父。人生に疲れた顔しちゃってさ。ひと思いにあんたが引導を渡してあげなよ」

 サラリと酷い事を言いながら、法子はホームの先端に佇むサラリーマンの男を指差した。私の脳裏に、あの驚愕の表情を浮かべた男の画像が蘇る。

「無理、絶対に無理だって!」

 怯えながら激しく首を横に振る私を見て、法子は呆れた顔を見せた。

「じゃあ、あいつはどう?」

 次に法子が指差した方向を見ると、そこにはホーム際で立っている少年の姿があった。

 何かを落としたのか、少年は白線を乗り越えホームの下をぼんやりと覗き込んでいる。その姿は、今にも飛び込もうとしている自殺志願者にも見えた。

「あんなに身を乗り出して、まるで私たちに押してくださいって言っているみたいじゃないの」

 法子は私の腕を掴むと、ニヤリと妖しい笑みを見せた。

「受験ノイローゼかしらね。きっと、死にたいと思っているけど、踏ん切りがつかなくて困っているのよ。どう、あなたが手伝ってあげたら?」

 その邪悪な笑みに、私は心底怯えた。このままだと共犯にされかねない。

「離して!」

 私は絡みつく法子の腕を乱暴に振りほどくと、その場から逃げるように駆け出した。

「和美!」

 後ろで私を呼ぶ法子の声が聞こえた。だが私はその声を無視し、反対側に到着した電車にすぐさま飛び込んだ。そして、耳を押さえその場にうずくまる。

 発車を知らせるメロディがホームに流れ、電車の扉が閉まった。やがて、窓から遠くに見える大型量販店の看板が、ゆっくりと動き出すのが目に映った。

 周りにいる乗客たちが私を訝しげな目で見ている。だが、私はそんなのお構いなしに震える自分の体を必死で抑えた。

 どうしたんだろう、体の震えが止まらない。法子の手を振り解いたあの時、私は何か恐ろしい物を見たような気がする。だが、それが何だったのか何故か思い出せない……。

 私を乗せた電車が駅を離れていく。椅子に座る乗客が、私の事を話題にしているのが聞こえてきたが私は気にしなかった。私は、ぼんやりと週刊誌の吊り広告を見ていた。それには、「多発する電車の飛び込み自殺。ストレスが原因か」と書かれていた。

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