Chapter 9
翌日。
放課後になって、一人帰ろうとする少年の背中に内田が話しかけてきた。自分を待たず一人で先に帰ろうとする少年に、内田は抗議の顔を見せる。
「何で一人先に帰っちゃうのよ。せっかく、これからオカルト研究会の新しい議題について会議を行おうと思っていたのに」
「悪いけど、僕は疲れているんだ。それに、ちょっとヤボ用がある」
「ふん。どうせまた、あの先輩とか言う人の見舞いに行くつもりなんでしょ? よくも、そんな毎日飽きずに行けるわね。あなたにとって、その人はそんなに大事な存在なの?」
内田は訴えるような瞳で少年を見つめる。だが、少年は何も答えなかった。振り向きもせず、無言で先へと進んでいく。
しばらくブツブツと文句を言っていた内田だが、全く取り合わない少年の態度に諦めたのか、そのうち静かになり黙って彼の後に続いた。
校門を出て、無言のまま二人が例の交差点に差し掛かった時、内田の目にガードレールの袂に置かれた花束が映った。朽ちかけた花びらが、風に吹かれ寂しそうに揺れている。
「……ねぇ、昨日の事だけどさ。結局、誰が一番悪かったのかな?」
「さぁ? 誰が良くて誰が悪いなんて、一概に決め付ける事はできないよ。人にはそれぞれ事情があるんだし。まぁ、彼らの事情なんて僕には関係の無い話だけどね」
「そりゃまぁ、そうだけど……」
少年は、昨晩辻が倒れていた場所をチラリと見た。そこには、伊東の姿も、辻の死体も、血痕すらも無かった。今朝、少年がこの場所を通った時にも、既に彼女と共に辻の死体は忽然と消えていた。一体、誰が持ち去ったのか。伊東はどうなったのか。少年は何も知らない。ただ、増岡直子の首と同様、彼の死体は未来永劫見つからないような気だけはしていた。彼は霊と深く関わり過ぎた。霊を冒涜した人間は、手痛いしっぺ返しを受ける。恐らく彼も連れて行かれたに違いない。そう、この世では無い場所へ。
しなびた花束の枯れて朽ちた葉が、風に吹かれ静かに飛んでいった。その葉を目で追いかけながら、内田が言った。
「私ね、今だから思うんだけど、辻って本当は伊東さんの事をずっと好きだったような気がするの」
少年は何も答えず、無言で歩道橋の階段を登っていく。
その背中に向かって、内田がポツリと呟いた。
「ねぇ……。あなたは、私の事どう思っているの?」
少年は階段を登る足を止めると、内田に向かってゆっくりと振り向いた。
内田は、はにかみながらクスリと微笑む。
「私が辻にナイフで切りつけられた時、あなた私のために怒ってくれたじゃない。私、凄く嬉しかったんだ」
「僕が怒った? 君のために? 勘違いじゃないのか?」
少年は前に向き直ると、先程より少し速い速度で再び階段を上り始めた。
その少年の微妙な変化に気がついた内田は、いやらしい笑みを浮かべると、自分の事をどう思っているかしつこく少年に尋ねてくる。
返答に困った少年は、複雑な表情を浮かべていた。そして、この顔は決して彼女には見せられないと思った。もし見られたら、彼女は絶対に調子に乗るに決まっているからだ。
少年は無視を決め込むと、内田に追いつかれないよう階段を駆け上がる。
歩道橋の上に吹いた肌寒い風は、夏の終わりを告げていた。
――第二章 赤い女 完