Chapter 5
次の日。放課後の図書室に、疲れた顔をした少年が現れた。その姿を見た内田は、好奇心丸出しの顔で少年に話しかけてきた。
少年は、一晩中呪いの言葉をかけてくる伊東のおかげで、一睡もできなかった事を説明した。
「おかげでフラフラだよ。授業も頭に入らなかったし」
少年は、目の下に出来た軽いクマを指差しぼやく。
「良かったじゃない、一途な彼女が出来て」
意地悪な笑みを浮かべ、内田は少年の顔を覗き込む。少年は眉をひそめると、内田を押しのけ、机の上にノートパソコンを広げた。
内田は少年の上に覆いかぶさると、後ろからパソコンの画面を覗き込んだ。少年は、纏わりついてくる彼女を鬱陶しそうに払いのけようとするが、内田は譲らない。しばらくの攻防の末、疲れきっていた少年は内田を撃退する事をあきらめた。そして、ハァと大きな溜息をつくとパソコンに向き直った。
「……ったく、取り憑かれれるのは一人で十分だよ」
「何か言った?」
「別に……」
少年が見ていたのは、不特定多数の人間が書き込みが出来る掲示板だった。少年は、カテゴリ別に分けられている掲示板の一つを開いた。
「僕は君に一つだけ嘘をついた」
キーボードを叩きながら、少年が疲れた声でポツリと呟く。
「何の事?」
不思議そうな顔をして内田が首をかしげる。
「昨日、僕はどこのニュースサイトにも加藤の名前は記載されていないと君に言った。だが、一つだけあった。それがここさ」
少年は画面を指差した。
「ここは嘘と偽りが入り混じる混沌の世界。だが、ここには数は少ないが真実もあるんだ」
少年は、さらに無数に羅列されているカテゴリの中から一つの掲示板を選び出し、画面を下にスクロールさせた。選んだ掲示板の題名は『国道百七十六号交差点轢き逃げ事件』。伊東が轢き殺された事件の名前だった。
少年の瞳に掲示板に投稿された文字が映り流れていく。掲示板には、轢き逃げ犯である加藤の実名や、彼に対する誹謗中傷、そして住所や電話番号までもが記載されていた。少年の背後で見ていた内田は驚きの声をあげた。
「何で犯人の名前や住所が記載されているの? 彼は未成年だし、マスコミだって発表していないはずでしょ?」
「ここは何でもありの無法地帯なんだよ。恐らく、これらの情報は彼の関係者、もしくは警察内部の人間が投稿したものだろう」
「警察が? まさか!」
驚く内田に、少年はフッと馬鹿にしたように鼻で笑った。
「君が思うほど世の中はクリーンじゃない。自分に被害が及ばないのであれば、人は何処までも残酷になれるものなんだよ。特に、犯罪者には人権なんて無いんだ。まぁ、そのおかげで僕はこうして情報を手に入れる事が出来るんだけどね」
少年は加藤の住所を素早くメモを取ると、パソコンを閉じ席を立った。
「何処に行くの?」
「決まっているだろ? 加藤の住んでいたアパートさ。もちろん君も行くだろ?」
少年の言葉に、内田は頷こうとした。だが、すぐにハッと気が付き、頬を膨らませた。少年は自分に話しかけたんじゃない。自分の後ろにいる彼女に言ったのだ。
見えない女にやきもちを焼きながら、内田は図書室を出て行く少年の背中を追いかけた。