Chapter 4
自宅に帰ってきた少年は、一人遅い夕食を済ませると自室へと戻った。
内田と別れた帰りに、先輩の見舞いに行った少年は少し疲れていた。部屋に戻るなり、片隅にあるパイプ式のベッドに横たわると大きな溜息をつく。
灰色の天井をぼんやりと眺めながら、少年は先ほど事故現場で出会った男、辻の事を思い出していた。
伊東の話によると、彼女は辻が運転する車に轢かれ殺されたと言う。あの時、轢き殺された彼女自身の目撃証言から、少年は辻が真犯人であると思いこんだ。だが、よくよく考えてみれば、その話には不に落ちない点がいくつもあり、辻が犯人だと結論付けるのは少し早い気がしてきたのだ。
まず、辻が伊東を殺す動機だ。伊東は車にはねられたあと、底部に巻き込まれ三キロ以上も引きずられた。当然、車を運転していた人間がこれに気がつかない訳が無い。これは、相当な恨みと殺意が無ければ出来ない行為だ。辻は伊東の元カレだと言っていた。なんらかの原因で別れてしまった二人だが、伊東の死を知った辻は事故現場にわざわざ花を添えに来ていた。そんな男が、果たして彼女を車で三キロも引きずり回し殺すような惨い事をするだろうか。
そして、伊東を殺した凶器。すなわち、辻が運転していたと言う車だが、これは警察の調べで加藤が所持していた車だと言う事が分かっている。もし、伊東の言う事が本当だとすれば、辻は何らかの方法で加藤の車を盗み出し、その車で伊東をひき殺した事になる。いったい辻はどのようにして加藤の車を盗み出し、自分の痕跡を一切残さず彼女を殺害したのだろうか。果たして、そんな事が本当に可能なのだろうか。
「あいつを殺してよ」
ベッドに横たわる少年に向かって、ポツリと誰かが呟いた。その声は決して大きくは無かったが、少年の耳には届いていた。だが、少年は聞こえなかったかのように無反応だ。
「私は殺されたの。あいつに殺されたの。だからあいつを殺して。殺して。殺してよ!」
壊れたテープレコーダーのように同じ言葉を繰り返すその声は、段々と大きく激しく少年の耳に、頭に鳴り響いてくる。だが、少年はその言葉を無視し、天井を見続けていた。
「どうして無視するの? 私の声が聞こえているんでしょ? このまま無視し続けるって言うなら、あなたから呪い殺してやるから!」
少年はフゥと溜息をつくと、けだるそうに首だけを動かし声の主を見つめた。そこには、顔が半分無く脳みそを丸出しにした血だらけの女、伊東が立っていた。少年に取り憑いた伊東は、彼の家にまでついてきていたのだ。
ようやく自分を見た少年に、伊東は口元を歪ませニタリと不気味な笑みを浮かべた。だが、次に少年が発した言葉は彼女の予想外のものだった。
「僕は今、考え事をしているんだ。少し黙っていてくれないかな」
それだけを言うと、少年はさっさと伊東に背中を向けてしまった。
少年の言葉と態度に、伊東は困惑の表情を浮かべた。
この男は自分の言葉を聞いていなかったのだろうか? こんな姿をしている私の事が恐ろしくないのだろうか?
その後も伊東は執拗に少年に話しかけたが、結局次の日の朝まで少年が振り向く事は無かった。