Chapter 1
放課後の図書室。一人ノートパソコンと向き合っていた少年の元に、内田がやってきた。
「珍しいわね。あなたが遅刻するなんて」
「今朝、変な輩にからまれてね。おかげで皆勤賞がパァさ」
「それは残念」
そう言う内田の顔は笑っていた。絶対に残念だとは思ってないに違いない。
「何をまた調べているの?」
「ヤボ用だよ。ちょっとやっかいな事に巻き込まれたんだ」
内田は少年の背中に覆いかぶさると、パソコンの画面を覗き込む。それは、いつか少年に見せてもらったニュースサイトだった。
少年は、キーボードを叩く手を止めると、覆いかぶさる内田の体をやんわりと引き離し、またカチャカチャと何かを検索し始める。そんな少年のそっけない態度に、内田は詰まらなさそうに頬を膨らませ髪をかきあげた。
窓から差し込む夕日の光に照らされ、内田の絹糸のような髪が幻想的にきらめく。少年を見つめる瞳は、漆黒の闇のようにどこまでも深く、反対に肌は白くて美しく手は陶器でできているようだった。
白と黒が織り成すミステリアスな雰囲気の彼女。傍目から見て、内田は美しい容姿をしていると言える。だが、そんな美しい彼女に対する少年の態度は、そっけないものだった。
「ふーん、ヤボ用ねぇ……。まぁいいわ。それよりもさ、また面白い話を入手したのよ」
そう言って内田は、少年からマウスを取り上げると、そのまま彼が見ていた画面を閉じてしまった。あっと言う間の出来事に、少年は唖然とするが、すぐに内田に向き直ると抗議の顔を見せた。
やっと自分を見てくれた少年に、内田は満足そうに微笑んだ。
いつも無表情な少年の顔が珍しく変わる時、内田はなんとも言えない優越感に浸れる。誰も知らない少年の秘密を見た気がして、それがまるで自分が彼にとって特別な存在になれたように思えるからだ。
「知ってる? ちょっと前に、学校のすぐ近くの交差点で女性の轢き逃げ事件があったの。ホラ、あの歩道橋がある所」
「知ってるよ」
そう言って少年はパソコンに向き直ると、先程内田に消されたニュースサイトの画面を再度開いて見せた。
「ちょうど今、その事件の事を調べていた最中だったんだ。まぁ、どっかの誰かさんに邪魔されたんだけどね」
「え、そうだったの?」
驚く内田に、少年は頷く。
内田は腕を組んで感心した表情を見せると、うんうんと嬉しそうに頷いた。
「さすが我がオカルト研究会が誇る諜報部員ね。仕事が早いわ」
少年は眉をひそめる。
いつの間にそんな部を設立したのだろうか。しかも、自分は勝手に入部させられて、諜報部員だとか言われている。いったいどんな妖しい秘密結社だ。
「だったら話は早いわ。実は最近、その交差点で目撃されている女性がいてね、なんでも頭の先からつま先まで真っ赤な血で染まってて、巷では『赤い女』とか呼ばれているんだけど、恐らくそこで轢き逃げされて無念の死を遂げた女の幽霊では無いかって言われているの」
少年は内田に向き直ると、ハァと溜息をついた。
「で、その幽霊の調査を行うと」
「ピンポーン。大正解」
内田はニッコリと微笑んだ。
「もしかしたらその人さ、何か無念があってあの場所に居続けているのかもしれないじゃない? だったらさ、私たちでその無念を晴らしてあげて、彼女を成仏させてあげようよ」
物好きなお人だ。
意気込む内田を見ながら、少年は思った。
他人にあまり関心が無い少年は、例え目の前で車に轢かれ苦しんでいる人が居ても平気で素通りする事が出来る薄情な人間だった。だが彼女は少年と違い、好奇心旺盛な性格も相まって他人の厄介ごとに首を突っ込みたがる、いわゆるお人好しな性格をしていた。
……そんな彼女に振り回され続ける僕も、実は相当お人好しな人間なのかもしれないな。
少年は、フッと自嘲気味に笑うと内田を見つめた。
「その言葉、彼女が聞いたらきっと喜ぶよ」
優しい笑みを浮かべ、自分を見つめる少年に、内田は思わず顔を赤らめ俯いた。
だが、少年は内田を見つめていた訳ではなかった。実際には、その後ろに佇む女を見つめていたのだ。
女は潰れた顔を歪め、不気味な笑みを浮かべていた。