帰り道は「少女」に送られて「少年」は大志を抱く
「そろそろ帰らないとね」
少女は僕との連弾を切りよく終えるとそう提案してきた。気づけば空は闇色も帯びた橙色が広がっていた。でも僕はまだここにいたいとも思っていた。
「でも……僕はまだここにいたいな」
少女は僕の答えに嬉しいけれど、困ったように笑って見せた。
「それは、私にとってとっても嬉しいことだけど」
「だけど?」
「キミにはもっと現実の世界を、生きて、活きて、見てきてほしいから」
「現実を?」
少女は瞼を深く閉じ、何か懐かしいことを回想しているようだった。
「そうすることで、もっとこの世界を素敵に感じれると思うから」
「そう……なのかな」
「うん、そうよ。私の体験談だもの」
「ねえ、少女さん、キミは何者なの」
「ふふっ、驚かないでね」
少女は屋上の端まで歩んでいき、僕の方を見ながら屋上の淵を背に風を受け佇む。
「私はね」
少女は背中から体を風に任せるように倒れ、屋上から落ちていく。僕は一瞬状況を理解できなかったが、すぐさま鳥肌が立つと共に急いで少女がいた屋上の端へと向かう。
すると現れたのは。パイプオルガンと同じように輝く結晶の鱗を纏った、翼の生えた巨大な竜だった。竜は驚く僕に微笑んでいるようだった。
「この世界の創造主……かな?」
聞こえてきた声は少女のものだった。
「さあ、私に乗って」
竜はそう言うと僕が背中に乗り移れるよう頭を垂れてくれた。僕は手を伸ばし結晶の鱗でできた竜の感触を感じながらその背中にまたがった。
「じゃあ、帰ろうか」
僕を乗せた竜は塔の頂上から一度強く羽ばたき、ここまで歩いてきた道の上空を颯爽と突き抜けていく。僕は落とされまいとしっかりと竜の首につかまりながらも、この突き抜ける風と竜の感触に感動し、心臓にまで清々しい風が巡るような感覚だった。
竜は僕がこの世界で目覚めた無人駅の改札前に降り立った。僕が竜の背中から少し名残惜しそうに下りると、竜の鱗がはがれ宙に舞っていく。それと共にその中から再び少女が姿を現した。改札の先を見ると、一車両だけ電車が停まっていた。きっとあの電車に乗ったら、僕は現実に変えることになるんだろう。本当はもっとこの世界にいたい、そんな思いもあったが、現実で、やってみたいこともできた。それを彼女に伝えたいとも思った。
「少女さん、あの」
「何かな? 少年くん?」
相変わらず含みを持った笑顔を見せるこの世界の創造主だという少女。からかうように僕に応えてくれる。
「僕も、こんな世界を、書いてみたい、創ってみたい……です!」
「そう」
意を決して発した僕の願望に、少女は、短い返事と、屈託のない笑顔を見せてくれた。心からの笑顔のようだった。
「なら、もっと現実を見て、触れて、関わって、感じてきてね。それがこの世界の源になるから」
「はい!」
元気よく返事をした僕に、少女は少し寂し気に手を振った。それを見て、僕は本当に帰らないといけないと分かった。少し助走をして改札の遮りを飛び越える。そして電車に。僕が乗車するとすぐにプシューと息を吐くような音を出しながら扉は締まる。窓から少女の姿が見える。きっと今日の事はずっと忘れない。濃い空色のワンピースを着た少女との短い冒険を。電車が動き出す。その心地よい振動にいつしか僕は眠りについていた。