2-2-2
朝の日差しが学院の敷地を明るく包み、円形の野外劇場へ穏やかな光が注ぎ込んでいた。半円形に並んだ石の席には、哲学の授業を受ける生徒たちの姿。近くの建物の屋上では、五人がゆるやかな輪になって腰を下ろし、持ち寄った軽食をつまんでいる。そこからなら、彼らの主君が座る席を一望できた。
エドワードはわずかに体をもたせかけるように後ろへ寄りかかり、下の最上段にいるベアトリスを鋭い眼差しで見つめていた。
フェリシティはメイドにあるまじき姿勢であぐらをかき、ビーフジャーキーを豪快にかじる。レンは端正な所作のまま、時折進行中の授業へ視線を投げる。三つ編みのメイドは柱に背をあずけ、常に半分眠っているような気だるげなまなざしをしている。最後に、上品なメガネをかけた執事が、下の光景を静かに観察しながら、そっとメガネを押し上げた。
「カッシウス・ノーサム、ですか?」
エドワードが何気なく口にすると、屋上の空気が一変した。
「あの人、開会式の日から入学するつもりだったんだ。」
淡々と言い放つ彼の言葉に、フェリシティはビーフジャーキーを喉に詰まらせそうになり、三つ編みのメイドは一瞬だけ瞼を開き、眼鏡の執事は意外そうにまゆをひそめる。
「なにそれ?!」 フェリシティが勢いよく体を起こし、「だからあたしのご主人様、あの日ウィンスタンレー邸に急いで行ったのか! ドロテアお嬢はキングズガードを呼べとか言い出して、えらい騒ぎだったんだよね!」 あぐらをかいたまま、噛みかけのジャーキーをぶんぶん振りながらまくし立てる。
三つ編みのメイドは、いつも柔らかい笑みを絶やさない穏やかな雰囲気で、やさしく顎に手を当てる。「あらあら、そうでしたのね……。やはり最初から決まっていたことでしょうか。向こうさんにとっては、何も驚きじゃないのかもしれませんわ。」
メガネの執事は凛とした姿勢を保ちつつ、落ち着いた動作でメガネをクイッと上げる。「ええ、報道も派手に取り上げておりますし、どうやら周到な段取りがあったと考えるのが自然かと存じます。しかも、あのお方は明日にいらっしゃるとか。」
レンはクラッカーをかじりつつ、小首をかしげた。「申し訳ないけれど、どうしてそんなにピリピリしてるんだ? カッシウス・ノーサム――ホワイットリンガムの跡取りで、将来の公爵と聞くけど、そこまで大事なのか?」
メガネの執事は柔らかく笑い、上品に声を落とす。「ふふ、レン様の異国風な純粋さには、毎度ながら心が和みますね。ただ、あの名が何を意味するかを知れば、いかに重大かわかるでしょう。」
三つ編みのメイドは家事をする母のように優しい声で続ける。「ノーサム家はこの王国を築いた時代から根を張った由緒正しき一族なんですよ。王族ではございませんけれど、それに近いほどの力を持っていて、公爵領や貿易権、それからたくさんの従属領への影響で大きな力を振るえるんです。ホワイットリンガムの名は、王国を支える大きな柱の一つと言えましょうか。」
「んで、今の公爵って身体が弱ってるとか聞くんだけど? 余命があと数年とか言われてるよね。」
フェリシティがジャーキーをかじりながら、やや鋭い響きを帯びた声で言う。
眼鏡の執事はうなずき、「ええ、そのように伺っております。そのご病状を思えば、カッシウス様が急に“跡取り”として注目を集めたのは、いささか不自然。普通ならもっと静かに、時間をかけて行われる継承が、ずいぶん慌ただしかったようですね。」
レンは興味深そうにクラッカーをくわえながら身を乗り出し、「早まった判断には、それなりの理由があるはずだ。公爵の病だけが原因とは思えないね?」
フェリシティは軽く笑って、「あたしが思うに、カッシウスの父親が“貿易大臣”なのがデカいんだと思う。王国でもトップレベルに影響力がある立場だし、ノーサム家は長年この国の経済を握ってきたからね。貿易や関税、海外との商取引……全部あの家が牛耳ってる。逆らえないのよ、誰も。」
エドワードは腕を組み、下の生徒たちを見下ろしながら、「そこまで影響力が大きいと、誰も正面切って反対はしないが、心の底で信用もしていない。どうしても、そうなる。」と低く言う。
レンはまだクラッカーを握りながら、困ったように眉を寄せる。「でも、カッシウス個人は無害っぽく見えるんだけど……?」
「あたしからすれば、ただの個人じゃないね。あれは象徴ってやつ。奴が学院に来るってことは、“ノーサム家が王国の中心を守り抜く”って宣言されたようなもんだよ。」
フェリシティが軽く鼻で笑う。
メガネの執事は上品に眼鏡を押し上げ、「つまり、公爵見習いというより“警告の弾丸”といったところでしょうか。」と静かに言い放つ。
「みんな表向きは歓迎するけど、本音は距離を置くわけさ。」
フェリシティが声を落としながら言う。「だって怖いしね。相手はノーサム家だもの。」
レンが興味をさらに深めた表情で、「“策”があるってこと? 具体的にどんな?」と問うと、
エドワードは目をそらさぬまま、「野心を超えた話という噂だ。裏社会とのつながり、王冠が決して認めないような取引先。証拠はないが、キングズガードもノーサム家の面子を守るように動いている。」と答える。
「だからみんな尊重はしても、近づかないってわけね。そっちが安全だし。」
レンは面白そうに笑い、「そういう歴史に守られ、それに縛られてる若者か。ちょっと同情するね。」とつぶやく。
「同情はいらないよ。あいつがどこまで知ってるかわかんないけど、カッシウス・ノーサムは自分が何を背負ってるか絶対わかってるはず。」
そう言うと、フェリシティはそっとウィスキーフラスコを取り出し、一口だけ喉を湿らせる。続く言葉には低いトーンが宿っていた。
「あたしには、無邪気だなんて思えない。あの子は自分が王国のパワーバランスを象徴するって、承知のうえで動いてる。」
レンは苦笑しつつ、「私のご主人様も、そのニュース見て“クラスで隣に座るわね”って笑ってたけど。」と付け加える。
メガネの執事はわずかに表情を曇らせ、「最上段には、ベアトリスお嬢様もおられますし……さぞや混沌とした状況になることでしょうな」と、冷静な口調で語った。
エドワードが視線を上げ、静かに口を開く。「ああ、混乱は避けられないだろう。カッシウスだけじゃなく、ベアトリスお嬢様やセインツ・スカラーのベル、アディントンやバークレー家の令嬢たちもいるんだ。クラス1-Aは荒れることになるさ。」
フェリシティはジャーキーを追加でかじり、「まあ、面白くなりそうじゃん。」と笑う。
だが、次の瞬間、フェリシティ、レン、そしてメガネの執事の三人が同時に動きを止め、下のフィールドに目を走らせた。視線を交わし合い、その表情が緊張に染まる。
エドワードは異変を感じ取り、顔をしかめる。「どうした?」
フェリシティは低い声でつぶやく。「なんか来る。胸騒ぎがするんだよね……嫌な気配。」
レンも厳しい表情でうなずいた。「殺意を感じないか? かなり強いよ。」
三つ編みのメイドは申し訳なさそうに両手を胸の前で合わせ、「あらあら……わたしは戦闘メイドなんてからっきしで、そういう気配はさっぱりわからないんですの……ごめんなさいねぇ」と苦笑する。
エドワードは歯がゆそうに視線をめぐらし、下のベアトリスに目をやる。彼女はまだ授業の輪の中にいて、その危険を知らない。エドワードは拳をぎゅっと握り締め、不満げな光を瞳に宿す。周囲を見れば、ほかのメイドや執事も木陰や柱の裏に姿を見せ、警戒しているのがわかる。
レンはそっとエドワードに身を寄せ、「気づいてないのか?」と声を潜めて問う。
エドワードは答えずに口を閉ざすが、その沈黙には悔しさが滲む。視線はベアトリスに据えられたままだが、彼の内心には、自分が最初に感じ取るべき危険を察知できなかったという焦燥と怒りが渦巻いているようだった。
フェリシティはジャーキーを追加でかじり、「まあ、面白くなりそうじゃん。」と笑う。
三つ編みのメイドが軽くため息をつき、母親のような口調で言う。「フェリシティ様、そんなこと言って笑ってばかりではダメですよ。真面目に状況を見なさいな。」
だが、次の瞬間、フェリシティ、レン、そしてメガネの執事の三人が同時に動きを止め、下のフィールドに目を走らせた。視線を交わし合い、その表情が緊張に染まる。
エドワードは異変を感じ取り、顔をしかめる。「どうした?」
フェリシティは低い声でつぶやく。「なんか来る。胸騒ぎがするんだよね……嫌な気配。」
レンも厳しい表情でうなずいた。「殺意を感じないか? かなり強い。」
三つ編みのメイドは申し訳なさそうに両手を胸の前で合わせ、「あらあら……わたしは戦闘メイドなんてからっきしで、そういう気配はさっぱりわからないんですの……ごめんなさいねぇ」と苦笑する。
エドワードは歯がゆそうに視線をめぐらし、下のベアトリスに目をやる。彼女はまだ授業の輪の中にいて、その危険を知らない。エドワードは拳をぎゅっと握り締め、不満げな光を瞳に宿す。周囲を見れば、ほかのメイドや執事も木陰や柱の裏に姿を見せ、警戒しているのがわかる。
レンはそっとエドワードに身を寄せ、「気づいてないのか?」と声を潜めて問う。
エドワードは答えずに口を閉ざすが、その沈黙には悔しさが滲む。視線はベアトリスに据えられたままだが、彼の内心には、自分が最初に感じ取るべき危険を察知できなかったという焦燥と怒りが渦巻いているようだった。




