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「もし、それがあまりにも大きかったら……」ベルはかすれた声で問いかける。「私には背負いきれないほどだったら、どうしたら……」
「大きいなら大きいで、それだけのことだ。」執事服の男は無関心そうに肩をすくめ、その鋭い視線をベルに据える。「だから何だ?それに怯んで立ち止まるな。できる範囲で少しずつ進めばいい。結果が伴うかどうかは、それからの話だ。ここで『もしも』に溺れていても、何も変わらない。」
男は手を差し出す。その表情は掴みどころがなく、しかし揺るぎない。「さあ、そこで縮こまっているか、それとも何かを証明し始めるか。」
ベルは躊躇し、胸は鼓動を早め、心中で様々な思いが交錯する。やがて、震える手をそっと男の手に重ねた。
「奴らに証明してみせろ……」執事服の男は薄く誇らしげな笑みを浮かべ、ベルを引き起こす。「……そして、お嬢様にもな。」
その握りは強く、けれど安定した力でベルを支え、立ち上がらせる。向かい合うと、ベルはまだ息が整わないが、その眼差しにはかすかな意志の光が宿り始めていた。
「まだ震えてるな。」男は鋭い眼でベルを見定める。「いい兆候だ。生きている証拠だ。」
ベルがハンカチを返そうと手を伸ばすと、男は片手で制した。「持っていろ。」
ベルは瞬きをし、困惑を滲ませる。「なぜ……?」
男は血で汚れた手袋を気にも留めず再びはめ直しながら答える。「俺たちの約束の証と思え。」
「約束……?」ベルは不安と好奇心をにじませて問う。
男はわずかに表情を和らげる。「こうしよう。俺はおまえを守り、助ける。必要な時は手を貸す。その代わり、おまえは夢を追い続けろ。お嬢様を喜ばせてやれ。」
ベルは両手でハンカチを握りしめ、胸元にそっと当てる。その瞳には、微かな決意が宿る。「……うん。」
頬が染まるように赤らみ、彼女は恥ずかしそうに視線を落として言う。「ありがとう……それから、その……お名前は?」
「エドワードだ。」男は軽い調子で答え、手袋を整えながら続けた。「ベアトリスお嬢様付きの執事だ。」
「私はベル……」と名乗りかけると、エドワードは事もなげに言葉を継ぐ。「……セインツ・スカラーであり、お嬢様の誇り高き友人だろう?」
ベルはそれを聞いて、思わず微笑む。その微笑みには、一瞬の迷いが和らいだ気配があった。
エドワードは少し声色を変え、最後に付け加える。「それと、もう一つ……このことはお嬢様には内緒だ。おまえは自分の夢に集中しろ。」
ベルは小さく頷き、今度は理解を込めた穏やかな微笑を浮かべる。「わかった。」
「さあ、おまえをお嬢様の元へ戻そう。待っているはずだ。案内がいるか?」エドワードが促す。
ベルは小さな、しかし確かな笑みを浮かべ、首を横に振る。「そこまで助けは要らないよ。」
目的を取り戻したかのように歩き出すベルの背中に、エドワードが声をかける。「ベル、一つ覚えておけ。」
立ち止まり、彼女は振り返る。
「お嬢様には絶対に言わないで。」エドワードはわずかに口元を歪め、薄く皮肉めいた笑みを浮かべる。
ベルはくすりと笑い、明るさを取り戻した足取りで去って行く。
エドワードはその背中を見送りながら、微笑みを残し……やがてそれも消える。ベルが見えなくなった途端、その表情は仮面を剥がしたように無表情に戻る。先ほどの戦いの痕跡が残る中庭を見回し、小さく独りごちた。
「着替えなきゃな。アルバートが替えを持って来てくれていればいいが。」
そう呟き、エドワードは再び戦いの残骸へと向き直った。




