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お嬢様には絶対に言わないで  作者: renten
ACT 1
82/176

1-30-1【Easy Fight】

暗殺者は静かな緊張を宿した呼吸で後ずさり、ローブの内側から小さな注射器を取り出した。その中には不気味な青い液体が揺らめき、微かに発光している。手首をわずかに傾けるたび、液体は妖しく形を変えた。


エドワードは目を細め、白い手袋の端を整えるように軽く引き直した。その液体の正体は知らないが、暗殺者の自信満々な様子を見れば危険であることは明白だった。


暗殺者は袖をまくり、ためらいなく針を自分の前腕へ突き立てる。青い液体が皮下に走り込むと、彼の身体はわずかに痙攣し、筋肉が張り詰めるように見えた。首を軽く鳴らし、深い息を吐き出すと、その笑みは先ほどよりも鋭く、闇を増していた。


エドワードは動けたはずだ。注射を止めるなら、その瞬間に介入できただろう。だが、彼は動かなかった。好奇心が彼を留め、相手の未知なる力を見極めようと決めたのだ。万一事態が悪化すれば、ベルを抱えて撤退することもできる。ここで得られる情報は価値があると判断した。


彼は構え直し、冷静な視線を暗殺者に向ける。


「おやおや、執事殿、震えているのか?」暗殺者は嘲るような声で言い放つ。


エドワードは無表情を貫く。「特にね。今朝はメイド三人と渡り合ったからな。その後でお前なら、むしろ気が楽だ。」


暗殺者は薄笑みを浮かべ、そのまま一気に踏み込んだ。刃先がエドワードの脇腹を狙う。エドワードは優雅な動きで身を流し、何事もなかったように受け流す。返す打撃を肋骨付近へと走らせるが、相手もすかさず刀身を回し、それを逸らす。金属が布をかすめ、静かな音が広がる。


しばし二人は探り合うような攻防を続ける。エドワードは最小限の動きで避け、受け流し、相手のパターンを読む。暗殺者の攻撃は激しく、止めどないが、その軌道は既知の書物でも読むかのように単純な反復だった。エドワードはそれを全て見極め、奇妙な青い液体が何をもたらすのかを待ち続ける。


そして、変化は訪れた。


エドワードが暗殺者の脚を狙った精密な蹴りは、あっさりと読まれたように避けられた。続く素早いパンチも、僅かな差でかわされる。暗殺者の反応は人間離れしており、スピードと反射が格段に向上しているのが明らかだった。


次の瞬間、目にも止まらぬ速さで両者は交錯した。エドワードが肩口を狙った拳は空を切り、暗殺者は屈んで懐へ潜り込み、短剣を胸元へ突き立てようとする。エドワードは即座に身を捩じってかわすが、その一撃には以前より重みが増していた。


「これからが本番だ。」暗殺者は低く笑い、その声には狂気が混じる。


エドワードは目を細める。あの液体は単なる速度強化ではない。反射神経、筋力、全てを底上げしているようだ。だが、技術そのものは変わっていない。速くなっただけで、攻撃パターンは相変わらず読みやすい。問題は、そのわずかな誤差すら致命的になり得るほど、速度が増しているということ。


彼は今朝のフェリシティとの一戦を思い出す。彼女も素早かったが、これはそれを上回る領域だ。エドワードは心を研ぎ澄まし、さらなる精度で動く必要があった。


刃が耳元をかすめ、布を裂く風切り音がする。だが、エドワードは動揺を見せず、口元にかすかな嘲笑を浮かべる。「それが全てか?」皮肉げに嘲る。「光る薬品を使っても、その程度の踊りか。今朝出会った酔っ払ったメイドのほうが、まだ足さばきがマシだったな。」


怒りを滲ませ、暗殺者は再び距離を詰める。その刃は際どい軌跡を描くが、エドワードは滑るように後退し、相手のフェイントを見極める。しかし暗殺者は続けざまに手首を返し、三本の小さな矢を放った。狙いはエドワードの胸。


エドワードは即座に反応し、二本を正確に打ち落とす。しかし、三本目が袖をかすめ、白い手袋に細い傷が残った。かすかな破れが生地を汚すが、エドワードは表情一つ変えない。


「制服が台無しだな。」エドワードは気怠そうに呟く。「姉上に叱られそうだな。……いや、こんな三流相手に破れたと話せば、笑われるかもな。」


暗殺者は憤怒に唸り、再び突進するが、今度はエドワードが一瞬の隙を突いて鋭い蹴りを叩き込む。暗殺者は目を見開き、予想外のヒットに僅かに態勢を乱す。


二人は再び向かい合い、張り詰めた緊張感を共有したまま、次の攻防に備える。

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