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お嬢様には絶対に言わないで  作者: renten
ACT 1
59/176

1-21-2

「アハハハ。これが『茶の姫君』なら、他の誰が最上段にふさわしいって言うの?」

軽いけれどどこか挑発的な声が教室に響いた。声の主は前列に座る裕福な平民の少女だった。その言葉はまるで狙いを定めた矢のように鋭く放たれた。それは単なる賛辞ではなく、教室中の他の全員に向けられた間接的な侮辱でもあった。


全員の視線がその少女に注がれる中、彼女はゆったりと立ち上がり、軽く礼をした。形式に則った礼儀を示しつつも、どこかラフな余裕が漂う仕草だった。

「ご挨拶が遅れてすみません、メイさん。」彼女は穏やかな笑みを浮かべながら言った。「アイリャ・ヴォイジーって言います。個人的にお会いしたことはないですけど、うちの家族は、ホアシャからこのアルヴィオンにご一家がいらっしゃってくれたことを本当に感謝してるんですよ。」


教室内が再びざわめきに包まれた。「ヴォイジー」という名前には説明がいらなかった。交易と工芸の帝国を築き上げた家系、そのブランドは貴族や平民問わず品質の象徴として知られていた。


メイは扇子の端に軽く手を添え、優雅に一礼する。静かな音を立てて扇子を閉じると、その手元を脇へと下ろした。


「こちらこそ、光栄なのじゃ。」彼女の声には穏やかな暖かさが込められていた。「ヴォイジー社の商品は、わらわの故郷でも広く親しまれておるのじゃ。」


メイの簡潔な言葉が教室に響くと、敬意のこもった頷きや思案深い視線が向けられた。アイリャの笑みがわずかに深まる。家名の重みが場を静かに支配する中、彼女の満足げな表情が一瞬見え隠れした。


ざわめきが徐々に収まると、ベアトリスは少しだけ席で姿勢を正し、考え込むような表情を浮かべた。


「ああ、申し訳ありません。」

ベアトリスの声は穏やかで安定しており、その形式張った調子を和らげるような暖かみを含んでいた。教室中の注目を自然と引き寄せる声だった。


彼女は優雅に立ち上がり、その一つ一つの動作には貴族としての訓練がしっかりと根付いていた。メイの優美な一礼に覚えがあったのだろう――それに応じるのが当然の作法だと感じた。


ベアトリスはためらうことなく、流れるような動作で頭を下げた。彼女の礼はメイの示した敬意にしっかりと応え、同時に教室全体へも向けられていた。その動作には洗練された優雅さと貴族としての堂々とした風格が滲んでいた。


「わたしの名は、ベアトリス・アメリア・イザボー・カエルウィスクです。」


その自己紹介は、まるで静かな鐘の音のように教室に響き渡った。派手さもなければ、ためらいもない。ただ、力を使わずして周囲の注目を自然に集める、若き貴族の自信に満ちた優雅さがそこにあった。教室内の全員が一瞬その場に釘付けとなり、近くに座っていたベルですら、ベアトリスの静かな佇まいから目を離せなかった。


メイの扇子が鋭い音を立てて開いた。その動きは口元に浮かぶかすかな笑みを隠すためだった。彼女はすでにベアトリスの正体を知っていたが、その視線はいつの間にかエディスへと向けられていた。エディスの表情は固まり、その目は動揺の色を隠せなかった。


「カエルウィスク、ですって……」

エディスの声は微かに震えていた。「王家に繋がるもう一つの家系があったなんて……イザボー=カエルウィスクですわ……。」


ベアトリスは、少し戸惑いながらも穏やかな笑みでエディスの冷たい視線を受け止めた。その微笑みは、まるでエディスの鋭い態度を和らげるように柔らかで暖かだった。

「それは誤解です。」ベアトリスは優しく、しかしはっきりとした口調で答えた。「イザボーは曾祖母の名前です。アメリアは母の名前からいただきました。そして、ベアトリス・アメリア・イザボーという名は、祖父ヘンリー・マキシミリアン・カエルウィスクから授けられたものです。わたしの家名はただのカエルウィスクです。」


彼女の言葉が終わると同時に、教室内に驚きの波が広がった。『ヘンリー・マキシミリアン・カエルウィスク』という名前は雷鳴のように響いた。


「ヘンリー五世のことか?!」誰かが囁き、その声がすぐに教室全体に広がった。


ベルの口は驚きでぽかんと開いたままだった。アイリャは手で口元を押さえ、笑いを抑えるようにしていたが、その目は明らかに楽しんでいる。メイの瞳には冷静な光が宿り、エディスがなんとか平静を保とうとする様子を黙って見守っていた。


さらなる反応が返される前に、教室前方の天井に取り付けられた発光する端末から鐘のような音が響いた。

「1-Aクラスの学生の皆さんへ。ジェイコブ教授は急用のため、本日は早退となります。新入生記念祭の狩猟大会に参加希望の方は、活動棟の生徒会室にて申込書を受け取ってください。」


その発表により場の緊張は和らいだが、驚きの余韻は教室に残り続け、学生たちはささやき合いながら時折最上段へ視線を送った。

注:アイリャ・ヴォイジー 英語表記は Irye Voysey

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