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彼女の笑い声は薔薇を揺らす朝風のように柔らかかった。
「ありがとう、アン。もう済みました。」
アンは軽く頷き、
ベアトリスの朝食の食器を片付け始めた。
その動作は効率的でありながら、
どこか舞踊のような優雅さが感じられた。
彼女は新しい紅茶を注ぎ、
お嬢様の前に静かに置いた。
ベアトリスは微笑んで受け取ったが、
その表情には一瞬、不安の影がよぎった。
「アン、私…一人で大丈夫かな?」
彼女の声は突然小さくなり、
まるで子供が安心を求めるようだった。
「友達、できるかな…?」
アンの落ち着いた瞳が、少しだけ柔らかくなった。
「お嬢様なら大丈夫ですよ。
お嬢様の笑顔は、きっと誰の心も魅了します。」
ベアトリスは頬を染め、
その笑顔を返したが、
どこかぎこちなく、嬉しさが混じっていた。
「その笑顔じゃだめですよ、」
アンは変わらない落ち着いた声で続けたが、
瞳には少しだけ面白がるような輝きが見えた。
ベアトリスは急いで、
もっと練習された優雅な笑顔に切り替えた。
アンはそれを見守りながら、
内心の愛しさを必死に抑えていた。
ベアトリスは微笑みを何度も試し、
楽しげから気品あるもの、
その中間へと変えていった。
ようやく満足すると、
紅茶を一口飲んだが、
その温かさと甘さに、またもや表情が崩れ、
さっきのぎこちない笑顔に戻ってしまった。
アンは笑いを堪えた。
口元はほとんど動かなかったが、
わずかな震えが彼女の隠せない感情を示していた。
そのとき、庭に響くような威厳のある声が聞こえた。
「アン!」
アンの表情は瞬時に落ち着きを取り戻し、
食器を素早く片付け、
ベアトリスに軽く頭を下げてから、
ワゴンを押して屋敷へと戻っていった。
ベアトリスは声の方を振り向き、
そこに向かって歩いてくる女性の姿を見ると、
微笑みを浮かべた。
その女性の歩調は整然としており、
どこか測り知れない落ち着きを感じさせた。
アメリアが、いつもの格式高い執事の制服に身を包み、
その品格漂う姿で近づいてきた。
彼女は27歳前後で、短く切りそろえた黒髪が、
男性の髪型に近いほどに短いが、
その顔立ちをさらに引き立てていた。
日焼けした肌と平凡ながらも魅力的な顔立ちがあり、
彼女の完璧な姿勢が物理的な美しさを超えた優雅さを与えていた。
その力強さは、彼女の魅力だけでなく、
料理の腕前にも表れていた。
アメリアの作るお菓子は貴族の集まりでよく依頼され、
高い評価を得ていたが、
ベアトリスにとって、それはあくまで「自分だけの特別」だと思っていた。
「アメリア~!どこ行ってたの?もう三日も!」
ベアトリスはアメリアが近づくと、
その笑顔をさらに明るくした。