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注: カセイの英語のローマ字は Cathay です。
カセイ――西の大陸で東方の地を指す言葉――は、かつて商人たちが持ち帰った地図や伝承に由来する名前だ。
ホウシャやその周辺の国々はそれぞれの名前を持つが、カセイという呼び名はアヴィロンで未だに使われており、絹や香辛料、そして神話的な生物を連想させる異国情緒を漂わせている。
レンにとって、この言葉は二つの世界をつなぐ便利な架け橋であり、説明する際の定番だった。
エドワードはレンの横にそっと一歩近づき、カニのように慎重に横移動する。その声を少し落としながら――ただし完全に聞こえないわけではなく――呟いた。
「いいか、相棒。話を続けさせろ。」
レンは一瞬眉をひそめ、その落ち着いた態度がわずかに揺らいだ。
「……相棒?」と小声で繰り返す。
ほんの数分前、エドワードは彼を『お嬢さん』とからかいながら呼んでいた。
彼の繊細な顔立ちを揶揄するかのように。そして今度は突然『相棒』呼ばわりだ。いつから二人の関係はそんなに変わったのだろうか。
エドワードは気にせず、強引に話を進める。
「ほら、あの乱暴なやつに焦点を合わせろ。あいつがこの『獣の群れ』のアルファだ。」
「おい!聞こえてるぞ!」ブリジットが吠える。
ウィスキーボトルを軽く足元に叩きつけながら、ニヤリと笑みを広げた。
その瞳には怒りではなく、悪ふざけに近い光が宿っている。
「ハッ、私たち、今や群れの獣だってさ。」フェリシティがクスクス笑い出す。
セシリアは首を傾け、その笑みを一層妖艶に変えた。
「私が獣だというなら……」
その声は滴るように甘美で、彼女の指先がグラスの縁をゆっくりとなぞる。
「君たちをじっくり味わってみてもいいかもね……」
レンはその挑発に動じず、淡々と尋ねる。
「何のために?」
エドワードはセシリアの発言を完全に無視し、レンにさらに顔を寄せて小声で言う。
「見てみろよ。俺が芝生を歩いたくらいで注意された俺よりも、あいつらのほうがよっぽど規則外れだろ?昼間っから、学内で酒飲んでるんだぞ。」
レンは一瞬目を瞬かせ、その洗練された冷静さが微かに崩れた。
状況を改めて把握し直した彼の視線が、ブリジットたちの間を行き交う。
「それは……確かに不適切ですね。」
「おい!何をコソコソ話してんだ!」ブリジットが声を張り上げる。
エドワードはとっさに話題を逸らし、フェリシティに目を向けながらニヤリと笑った。
「なあ、聞いたぞ。お前たちのところでは、ドラゴンの頭に乗って飛ぶんだってな。」
フェリシティの手元のフラスコが手から滑り落ち、土の上に中身をこぼす。目を大きく見開き、呆然とした様子で口を開けたままだった。
「え、ええっ!?本当にドラゴンに乗れるの?なんで頭の上に?鞍とかいるの??」
声には驚きと混乱が入り混じっている。
エドワードは満足げに口元を歪め、計画がうまくいったことを示すような表情を浮かべた。




