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お嬢様には絶対に言わないで  作者: renten
ACT 2
176/176

2-32-1

エドワードは、しばらく彼女を見つめていた。


ベアトリスがさっき、ようやくひとつの壁を越えたことを知っていた。

他人から見れば些細でも、彼女にとっては大きなことだった。

必要だったのは、ほんの小さな後押しだけ。


言葉を探すように黙っていたエドワードは、不意に手を伸ばし、珍しく優しく彼女の髪をくしゃりと撫でた。


「え、ええっ!? な、なにしてんの、エド!」

ベアトリスは頬を赤らめ、慌てて机の上の菓子に手を伸ばし、ひとつ口に放り込む。

食べるのが早すぎて、ぷくっと頬を膨らませるその姿は、拗ねた子供のようだった。


部屋に漂っていたわずかな緊張が、ふっと和らぐ。

王の護衛のひとりがちらりと視線を向けてきて、呆れたように眉を上げた。


それに気づいたエドワードは、すぐさま眉をひそめる。

「……なんだよ、じろじろ見てんじゃねぇ」


「エド、だめだってば!」

ベアトリスは慌てて飲み込み、咳き込みながら小声で叱る。

そして菓子皿を押しやり、わざとらしく真剣な顔を作った。

「ほら、クッキー食べなさい!」


エドワードは気にも留めず、立ったままひょいとひとつつまんで齧った。


ベアトリスは瞬きをして、思い出したように声を上げた。

「あ、そうだ」

ポケットから折り畳まれた紙を取り出す。


エドワードは眉をひそめた。

「なんだ、それ」


「学院から渡されたの……」

ベアトリスは紙を開き、皺を伸ばす。

「今日、校舎の備品を破壊したとかで……一週間の停学処分だって」


エドワードはクッキーを噛みながら、興味なさそうに舌打ちする。

「チッ……ブリジットからも言われたよ」


「チッ、じゃない!」

ベアトリスは紙をパタンと閉じ、睨みつける。

「そんなことばっかしてたら、本当に大ごとになるんだから! 何やらかしたの、エド?」


「ちょっとした誤解だよ。使用人連中と揉めただけだ」

エドワードは肩をすくめて言う。

「気づいたら食堂の壁が壊れてたってだけ」


ベアトリスは目を細める。

「ほんとに?」


「俺がお嬢様に嘘つくわけないだろ」

そう言いながら、もう一枚クッキーを取る。


――事実だった。

ランドルと大立ち回りをやらかし、食堂の壁半分が犠牲になったのだ。


「でもまぁ、大したことじゃねぇ」

エドワードは指についた欠片を払って、得意げに笑う。

「それより気にしないで、いつもどおり俺が付き添えばいいだろ」


「だめよ」

ベアトリスの声が急に冷えた。

「そんなこと続けてたら……オフェリアに頼んで、アンと交代してもらうから」


エドワードの笑みが消える。

しばし黙り込み、無理に歪んだ笑顔を作った。

「……チッ。分かったよ、一週間だけだろ」

またクッキーをつまみながらぼやく。

「それに、アンのほうが俺より最悪だぜ……あいつ、機嫌悪い時なんか特にな」


ベアトリスは紙を手のひらに打ちつけ、考え込む。

「じゃあ……その間は誰がつくのかしら。アメリアでもいいかも」


「アメリア? 俺と大して変わんねぇだろ。わざわざ替えるだけ手間だし、結局あの紙は無視しときゃいいんだ」

エドワードはまた菓子を口に運ぶ。


ベアトリスは肩を震わせ、笑みをこぼした。

「ふふ……エドワード、クロカンブッシュも作れないくせに。お菓子だけなら、もうアメリアの勝ちよ」


エドワードの眉がぴくりと動く。

むっとした顔で、彼女に茶を注ぎ、自分の分は一気に飲み干した。

「はぁ? 菓子作りで俺に勝ったからってなんだよ」


ベアトリスは得意げに頷く。

「そういうこと」


エドワードはまたクッキーに手を伸ばす。


ベアトリスは身を乗り出し、瞳を輝かせる。

「一週間のうちに、アメリアにお菓子を作ってもらうわ。お昼に配れば……」


エドワードはクッキーをもぐもぐと噛み、無表情で返す。

「要するに、見せびらかしたいだけだろ」


「違うわ」

ベアトリスは首を振る。

「アメリアの神様みたいに美味しいお菓子を、みんなに食べさせたいの。そうすれば、また欲しくなった時――私の家に来るしかなくなる」


エドワードは乾いた笑いをもらす。

「ハッ……まさかお嬢様がそんな浅ましいこと考えるなんてな」


「浅ましくなんかないもん。戦略よ。友達を作る一番早い方法」

ベアトリスはぷくっと頬を膨らませる。


エドワードは首を振る。

「お嬢様、人の目を集めたいなら小細工なんかいらねぇ。お嬢様なら、放っといても目立つんだ」


ベアトリスは瞬きをして、ゆっくりとクッキーを手に取った。

「……わ、私……そうなの?」


エドワードは手を振り、また菓子をつまむ。

「本当に友達増やしたいなら――新入生大会に出ればいい」


ベアトリスは答えず、ただクッキーを齧りながら、その言葉を反芻した。

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