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ベルは腕に抱えた日誌の束を持ち直した。紙の端が袖に食い込む。
その隣で、エドワードは相変わらずの落ち着いた歩調で歩きながら、模型や製本されたノートの詰まった箱を二つ、まるで重さなどないかのように抱えていた。
小道は広く伸び、並んだニレの木が大きな影を落としている。学生たちはベンチに腰かけて昼食を笑いながら食べたり、肩を寄せ合って静かに話したり。ほとんどは食堂の方へ歩いていき、にぎやかに声を交わしていた。
だが、ベルとエドワードは流れに逆らい、研究棟の方へ向かっていた。そこはいつも実験実習に使われる建物だ。
しばらくは二人とも黙ったまま。靴音だけが静けさを埋めていた。
「……エドワード」ベルがためらいがちに口を開き、日誌をぎゅっと抱きしめる。
「ひとつ、聞いてもいい?」
「言ってみな。」視線を前に向けたまま答える。
「……ベアトリスを襲った男と、戦ったの?」
「まあな。」
ベルは唇を噛む。「……そう。あの人、銃みたいなものを使ってたのを見たの。すごく強力で……警備兵でさえ反応できなかった。」
「海外から持ち込まれた新型だ。」エドワードは肩をわずかにすくめる。「命中率以外は大したことねぇ。扱いも簡単だが……銃は銃だ。」
ベルは小首をかしげ、眉を寄せた。……どうして知ってるの?と胸の奥で思ったが、口には出さなかった。
「それだけじゃないの。」ベルの声が低くなる。「キャプテン・ネモの名を口にしたの。もしかして関係あるのかと……昔、博士ネモは発明家だったのに、海賊に成り下がったって本で読んだから。」
エドワードの口元がわずかに動く。「海賊じゃねぇ。冒険者だ。」
「知ってるの?」ベルが目を瞬いた。
「当然だろ。俺のお嬢様は、あいつが王国に背いた後でも本を何冊か手元に残してた。」
「ほんとに? 探したけど、犯罪者になってからは図書館から全部消えてたの。発明品を見たかったのに……」
「今度来たとき俺に聞けよ。……それと、いつも通りだ。俺が何やってても、お嬢様には絶対に言うなよ。」
「わかってる。」
ベルはぱっと顔を明るくしたが、エドワードの視線はふと沈み、腕に抱えた箱へと落ちた。疑念を確かめるように。
「発明といえば……」彼は言った。「こいつら、ただの日誌じゃねぇな。お前の発表用――あの光る石の研究だろ?」
ベルはこくりとうなずき、瞳を輝かせる。「そう! 発表のあと、何人かの視察官がモーガン教授に、もっと研究を見せてほしいってお願いして……それで教授が許可してくれたから、こうして日誌や模型を集めたの。」
エドワードは箱を持ち直した。「……今日までに、誰かお前の研究を見てたやつは?」
「うん、モーガン教授だけ。」ベルは即答した。「ずっと支えてくれてたの。」
彼は小さくうなずく。「他には?」
ベルは少し首をかしげ、それから軽く首を振った。「思い当たらない。教授は『まだ応用には試験が足りない』って言ってただけ。」
エドワードの顎がきつく固まる。あの動力源を反王制派がガトリング銃に組み込んでいた光景を、あまりにも鮮明に思い出していた。
「……兵器になるってことか。」
ベルは眉を寄せ、日誌を抱きしめる腕に力をこめた。「そんなつもりはないの。」
エドワードの口元にかすかな笑み。「でも、可能性はある。」
彼女の肩が強張り、視線を逸らす。「……そう。でも、それはわたしの望むことじゃない。」
エドワードは返事をしかけ、ふいに足を止めた。「……ちっ、マズいな。」
ベルは危うく彼にぶつかりそうになる。「どうしたの?」
すぐには答えず、鋭い視線を生徒会館へ向ける。ベルもそちらを見た。
キングズガードが入口に立ち、学園警備とともに警戒していた。
そして――ドロテアとブリジットが、ベルがひと目でわかる人物と話していた。
「あれは……マダム・オフィーリア。」
エドワードの顎がさらに固まる。「よりによって……」
「ベアトリスのことで来たのね。」ベルがつぶやく。
「当たり前だろ。」彼は低く吐き捨てた。