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お嬢様には絶対に言わないで  作者: renten
ACT 2
118/176

2-10-4

「――未来の女王、か?」

メイが軽く扇子を指先で弾きながら、ぽつりと呟く。


ベアトリスは、くすりと優しく笑い、その考えを軽く流すように手を振った。

「それは随分と重い話ね。それとも――ただの馬鹿げた話かしら?」


隣に座っていたベルが、少し躊躇しながらスカートの生地を握る。

「でも……ベアトリスはグランド・プリンセスでしょう? そうなる可能性はあるんじゃない?」


ベアトリスは軽く息を吐き、優しくも確信に満ちた声で答える。

「可能性? あるわ。でも、それは限りなく低いの。」


向かい側のメイが、折りたたんだ扇子を顎に当てながら考える仕草を見せる。

「どうしてじゃ? そなたは“グランド・プリンセス”の称号を持っておるのじゃろう。それだけで、すでに候補に含まれているのではないか?」


ベアトリスの微笑は消えなかったが、その表情にはわずかに思案の色が浮かぶ。

袖の端を指先でなぞりながら、静かに答えた。

「確かに、この称号は王位継承の考慮に入る。でも、その実際の重みはどれほどのものかしら?」


一拍置いてから、さらに続ける。

「グランド・プリンスやグランド・プリンセスの称号は、決して無作為に与えられるものではない。これは血筋に基づく、王国の最も古い伝統の一つよ。

――王子の第一子だけが継承できる。」


少し間を取り、改めて明確にするように言葉を添える。

「王族の長子ではなく、“王子の”長子だけよ。」


メイがわずかに眉を寄せる。

「つまり……?」


ベアトリスは小さく頷いた。

「私の父には三人の兄弟と五人の姉妹がいた。その中で、グランド・プリンスの称号を継承できたのは王子である兄弟たちだけ。

そして、その長子である私たちは自動的にこの称号を授けられたの。」


彼女は軽く手を動かす。

「だから、現在グランド・プリンスとグランド・プリンセスは四人だけ。その全員が、私の叔父たちの第一子なのよ。」


メイは情報を整理しながら、ふと尋ねた。

「では、そなたの叔母たちの息子はどうなるのじゃ?」


ここで、沈黙していたエディスがふっと小さく笑う。

「彼らは王子として生まれるけれど、グランド・プリンスにはなれないわ。その称号は、国王の直系の王子、その第一子にしか流れないの。」


少し間を置いてから、まるで愉快なことを語るように付け加える。

「昔は“長子は神聖な権利を持つ”と考えられていたそうよ。神の加護を受けて生まれてくるとか、そんな伝説もあったみたい。」


メイは少し目を細める。

「随分と厳しい決まりじゃの。」


エディスはベアトリスをじっと見つめ、ゆるく首を傾げた。

「あなたは生まれながらにして“グランド・プリンセス”なのに、まるで大したことではないかのように話すのね。」


ベアトリスは穏やかに微笑み、静かに手を膝の上で組んだ。

その姿は、まるで誰かに羨まれるような運命を語っているのではなく、ただ日常のことを説明しているかのようだった。

「人生は“壮大でなければならない”ものではないから。」


ふと窓の外に目を向ける。

広がる田園風景は、次第に賑やかな街並みに変わりつつあった。


彼女はその光景を眺めながら、温かみのある声で続ける。


「もし私が平民に生まれていたとしても、きっと幸せを見つけていたと思うわ。

期待に縛られることのない人生の中にも、喜びはあるものよ。」


「それでも私は王族に生まれた。そのことに感謝している。

この名が持つ歴史と、私を守る家族と、そして、時に私が得るには値しないほどの温かい敬意。」


一瞬、言葉を切り、柔らかく締めくくる。


「でも、私は“王になるべき人間”ではないわ。」

エディスの口元に微笑が浮かぶが、その瞳には鋭い光が宿る。


しばしの沈黙のあと、彼女はふと、含みのある声で言った。

「前の代では、国王の子供たちの誰一人として、“グランド”の称号を持たなかった。」


一拍。


そして、わずかに首を傾げながら、その笑みを深める。

「でも、今代は違うわ。現在、グランド・プリンスとグランド・プリンセスは四人。しかし、王子・王女の数は――二十人を超えている。」


メイは驚いたように扇子を開き、口元を隠す。

「そんなに……?」


エディスは小さく頷き、軽く背もたれに寄りかかった。

「ええ。でも、王位継承を考慮されるのはその中の四人だけ。他の者はただの王族――名前こそあれど、権力への期待はないわ。」


そして、少し間を置いてから続ける。

「理論上、すべての王族に平等な可能性があると言われているけれど、現実は違う。」

「“王位は努力で得るもの”という者もいれば、“奪うべきもの”と考える者もいるわ。」


その言葉に、ベアトリスの指が一瞬だけ止まる。


一瞬の出来事。


だが、瞳の奥をよぎった何かを、エディスは見逃さなかった。


メイが小さく笑い、場の空気を和らげる。

「なんとも美しい表現じゃな。“答えはない”と言っているのと同じではないか?」


エディスは小さく息を吐き、微笑んだ。

「ただ一つ言えるのは、王位はただ“任命を待つもの”ではないということ。」


少し考えるように首を傾げ、思い出したように呟く。

「新入生記念祭の狩猟大会も、その証明の一つではなくて?」


メイは片眉を上げ、話題の急な転換に興味を惹かれた。

「……狩猟?」


ベルの表情が少し明るくなる。

「あっ、そういえば! もうすぐ大会があるんだよね?」


エディスは小さく頷いた。

「本来なら、入学から数週間後に開催されるはずだったわ。でも、今年はまだ準備中なの。重要な行事なのに、こんな延期は異例のことよ。」


メイは彼女たちを見比べ、わずかに眉を寄せる。


「それは……単なる狩猟ではないのじゃな?」


エディスはくすりと微笑む。


「当然よ。ただの狩りではなく、これは通過儀礼――

貴族も平民も関係なく、自らの価値を証明するための試練よ。

生存能力、戦術、適応力……すべてが試され、評価されるわ。」


メイは興味深そうに喉を鳴らし、さらに問いかける。


「――して、その意義とは?」


ベルがベアトリスのほうを向き、期待したように尋ねる。

「ベアトリスなら、もっと詳しいことを知ってるでしょ? 出場するつもりなんでしょ?」


ベアトリスは小さくため息をついたが、その表情に嫌気はなかった。

「古くから続く伝統ね。時代とともに形は変わったけれど、本質は変わらない。この大会は、“実力”を示すためのもの――あるいは、“無力”を晒すためのもの。」


一呼吸置き、静かに続ける。

「五大貴族と王族は、決勝戦を必ず観戦するわ。」


そこまで聞いたところで、エディスがふっと微笑み、わざとらしく肩をすくめた。

「――それに、今年は国王陛下が御覧になるという噂まであるのですわ。」


その言葉に、メイの動きが止まる。

「国王陛下が?」


エディスは意味ありげな視線を向ける。

「随分と“都合のいい”話だと思わない?若き貴族と平民たちが、その価値を試される大会――

そんな場に、王国の最高位の人物が視察に訪れる。」


ベルは二人を見比べ、少し不安そうに口を開く。

「それって……ベアトリスが大会に出る理由?」


ベアトリスは答えず、一瞬だけ窓の外に視線を向けた。

流れる田園風景が、徐々に賑やかな町並みへと変わりつつあった。


そして、再び視線を戻し、静かに言葉を紡ぐ。

「――今年は、例年以上に意味を持つ大会なのかもしれないわね。」


エディスは彼女をじっと見つめたあと、くすりと笑う。

「……かもしれないわね。


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