2-7-1【Behind the Ornamental Black Stone】
エドワードが先に着地した。
森の柔らかな土が彼のブーツを軽く沈め。血と火薬の臭いがまだ漂うその空間に、フェリシティが続き、猫のような動きで静かに着地。
ほぼ同時に、眼鏡の執事がグラスを片手で押し上げながら軽やかに降り立ち、
最後にレンが少し大きめの衝撃をもって地面に足をつく。
目の前には、かつては整然としていたであろうキャンプの惨状が広がっていた。
地面には無残な死体が散乱し、不自然に折れ曲がった手足が生々しい。
砕けた木箱の中身が周囲にこぼれ、荒らされたタープが風にもてあそばれている。
銃弾の痕が木々に刻み込まれ、斬撃の傷跡が土や幹を抉り取っていた。
小火の燃えかすからは、まだかすかな煙が上り、鉄臭い血のにおいと混ざり合うように漂っている。
エドワードは唇を強く結びながら、その光景を一瞥する。
中途半端に苦しむ者の姿は見当たらない。まるで手際よく“始末”されたかのような鮮やかさに、冷たい怒りさえ浮かぶ。
「……ひどいな。」
眼鏡の執事は普段の落ち着いた調子を失いかけ、「まるで虐殺じゃないですか……」と声を震わせる。
フェリシティは木箱の破片に身をかがめ、銃痕や斬り傷を確かめるように指先でなぞった。
「待ち伏せかと思ったけど……」とつぶやき、あたりに目をやる。
倒れかかった遺体の姿勢や位置を確認して、顔色を曇らせる。
「……これは“処刑”に近い。逃げる間もなかったっぽい。」
血塗れの空間を警戒するように、レンは左右を見渡す。
その視線が、わずかに動いた影を捉えた瞬間、青ざめた顔で小さく指をさす。
「……誰か、生きてる……。」
全員がそちらを見る。
見ると、補強された装甲服を身につけたメイドが、裂けた木の幹にもたれていた。
鎧には血痕がべったりと付着し、細身の剣をかろうじて構えたまま、レンたちを睨んでいる。
レンは慎重に近づきつつ、「大丈夫……ですか?」と声をかける。
負傷したメイドは険しい目つきで彼を見返すが、息を詰まらせた末に、「おまえたち、学院の……使用人か」と言い、剣を少しだけ下げた。
眼鏡の執事は両手を上げ、落ち着かせるような声を出す。
「どうか教えていただけませんか。ここで何があったのか。」
しかしエドワードはふと、負傷したメイドの襟元にある“あるもの”を見つけ表情を曇らせる。
フェリシティの進み出ようとする動きを押し留め、「無駄だ。多分教える気はないだろう」と低く言う。
「どうして?」フェリシティが不満げに問いかける。
エドワードは顎をしゃくって負傷したメイドの襟元を示す。
「あのブローチを見ろ。」
フェリシティはそこにある漆黒の石の輝きを見て、小さく息を呑む。
「……ブラックブローチ……。」
レンは困惑しつつ、「ブラックブローチって、何のこと?」と尋ねる。
エドワードは唇の端に嘲笑を浮かべながら、刺すような口調で言い放った。
「くだらないネズミどもだ。どこで何をしてるのかもわからないくせに、大局なんかちっとも見えてない。」
その言葉に、フェリシティはきつく睨みつけ、低く反論する。
「言いすぎ。あの人たちは“役立たず”なんかじゃないわ。
普通の衛兵が手を出せない脅威や危険任務を引き受けて、王国を守ってるのよ。」
眼鏡を押し上げながら、執事が落ち着いた声で補足する。
「彼らは政府に所属する“特殊工作員”ですね。
通常の法執行機関とは異なる、より専門的で機密性の高い部隊です。」
フェリシティは少し呆れたように目をそらしつつ、肩をすくめる。
「簡単に言えば、記録に残らない“スパイ”。表舞台に出ない秘密の仕事をしているの。」
未だ不安げなレンは、再びメイドの方へ目をやる。
彼女は苦しげに呼吸しながらも、剣を持つ腕を下げきれないでいる。
血が装甲の裂け目からにじみ出ており、なかなか止まらないようだ。
「とにかく、手当てしないと……。放っておいたら大変なことになるよ。」
レンがそう声をかけた瞬間、エドワードは一言も返さずにジャケットの内側へ手を伸ばした。
彼の服には、あらかじめ目的別に道具を仕分けしておけるように、いくつも仕立てられたポケットがある。
そこから、手のひらほどのソーイングキットとコンパクトな救急ポーチを取り出し、乱雑なようでいて正確な動きで、レンの方へと放り投げる。
レンはそれを受け取ると、一瞬きょとんとした表情を浮かべた。
「それでいつも裁縫道具を持ち歩いてるのか?」と皮肉めいた口調で言う。
「うちのご主人様は、ただの趣味だと思ってたみたいだけど。」
エドワードは答えず、既に散乱した木箱や遺体のほうへ視線を戻している。
レンは道具を手に、負傷したメイドへ近づいた。
「ちょっと傷を見させて。……大丈夫、攻撃なんかしない。」
負傷したメイドは一瞬、剣を握る手に力をこめるが、しばらくしてから咳き込み、痛みに顔をゆがめる。
「……助けなんか、いらない……。」
しかしその血走った目は苦痛を物語っていた。
眼鏡の執事が落ち着いた調子で、「フリーダム・ランド製の銃弾は厄介ですよ。放っておくと、傷が治りにくい。ここは手当てを受け入れたほうがいい」と諭すように言うと、負傷したメイドはかすかにうなずいた。
レンが鎧の帯を解こうとすると、フェリシティが手で制し、「あたしがやるよ」と静かに言う。
その手つきは手慣れたもので、血に濡れた装甲をはがすと、大きな裂け目と浅いが痛々しい弾痕が見える。
血が周囲に流れ広がっており、彼女の表情は引きつっていた。
「あたしが固定するから、あんたは止血して。」フェリシティがレンに指示する。
レンは頷き、手袋を嵌める。まるで彼女が応急処置の経験を持っているかのような息の合った連携だった。
負傷したメイドは息をのむように歯を食いしばり、剣は弱々しく下がったまま。
その苦しむ姿を見たフェリシティは、ウイスキーフラスコを取り出し、口元に持っていく。
「これ、結構強いよ。」
負傷したメイドは一口飲み、顔をしかめながらも少し安堵したように息をつく。
レンはライターで針をあぶり、消毒を済ませる。
「……ちょっと痛むけど、頑張って。」
負傷したメイドは短くうなずき、剣を再び握りしめながら耐える。
レンがピンセットで弾をゆっくり取り出すと、負傷したメイドの表情が強張り、剣の柄を握る指が白くなる。
けれど、声を出さずにこらえ、摘出された弾丸が地面に置かれると、心なしか肩の力が抜けたようだった。
その間、エドワードは周囲の残骸を歩いていた。
足元には割れた箱や散弾、焼け焦げた布が散らばっている。
彼はひときわ大きな木箱のところで止まり、近くのバールで蓋をこじ開けた。
「……勝手にいじるんじゃない……」
負傷したメイドが弱々しく制止する声を上げるが、エドワードはニヤリと笑い、挑発的な口調で言った。
「落ち着けよ。ただ見てるだけだ。それに、俺たちを逮捕なんてできやしないだろ?」
フェリシティは心外そうにエドワードへ顔を向ける。
「『俺たち』じゃなくて『あんた』でしょ!」と冷たく言う。
負傷したメイドは痛みに顔をゆがめながら、声を出すか悩んでいる様子。
レンが縫合の最終段階に入り、「もう少し……」と優しく声をかける。
その一方、エドワードは箱の蓋を完全に開け、すっと中を覗き込んだ。
彼の表情から薄い余裕が消え、緊張に似たものが走る。
眼鏡の執事も気になったのか、足元に気をつけながら彼の隣へ近づく。
「何があるんです?」と問いかけ、箱の中を覗き込んだその瞬間、動きが止まる。
「……それは……銃、ですか?」と、戸惑いと驚きを滲ませながら言葉を絞り出した。




